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第8話:ティアの秘密と、月光露台のティータイム



ダンジョンの夜は静かだ。

外界の喧噪も、空気のざわめきも、ここには届かない。


けれど今日は、どこか風が温かく、空が明るい気がした。


「満月か……」


ダンジョンの空は作られたもの――けれど、月は本物と同じように、そっと輝いている。


俺は温泉フロアの隅に作っておいた《露台》に足を運び、

星と月を眺める席を整えた。


そのとき、後ろから足音がした。


「……起きてたんですね、マスター」


ティアだった。パジャマ姿に、肩掛けのマントだけ羽織っている。


「眠れなくてな。お前も?」


「はい。なんだか今日は……夢に追われそうな気がして」


彼女の声は、いつものように明るくはなかった。

隣に腰を下ろした彼女の顔には、ほんの少し、影が差していた。


月を眺めながら、ティアはぽつりぽつりと話し出した。


「私、もともとは王都の魔法研究所にいました」


「……あの、あの賑やかな街?」


「そうです。人も多くて、魔法も盛んで、きらびやかな場所です。でも……」


ティアの指が、マグカップの縁をそっと撫でる。


「とても息が詰まる場所でした。成果を求められて、効率を計算されて、笑う余裕もなくて。

誰かの期待に応え続けるうちに、自分の“好き”が分からなくなってしまったんです」


「それで、旅に出たのか」


「はい。だけど……正直、怖かったんです。何かを失ったような気がして」


俺はしばらく黙って、月を見た。

そして、マグカップを彼女の前に置いた。


「これは……」


「《月光ハーブ》のティーだ。さっき、夜用に調合してみた」


ティアはその香りを嗅いで、微かに目を潤ませた。


「落ち着きますね……」


「このダンジョンは、誰にも期待されない。何者にもならなくていい」


「……」


「その代わり、自分の“やりたいこと”だけ、少しずつ見つければいい」


ティアはゆっくりと頷いた。


「……じゃあ、明日。マスターのために“朝の音楽”を作ります」


「音楽?」


「はい。昨日の音楽室、すごく楽しかったから……。

私も、何か“作りたい”と思いました。誰かに褒められるためじゃなく、ただ自分が好きなものを」


「……それは、すごくいいことだと思う」


俺は笑った。


ティアも微笑んで、月を見上げた。


そして、ぽつりと呟いた。


「このダンジョン……ほんとうに、来てよかった」


その夜、俺たちは“癒し”じゃない、ほんの少し“救い”に近い静けさの中で、月光のティーをすすった。


それはこのダンジョンが、ただの寝床や温泉じゃない――

居場所になった証だった。

◇あとがき

今回は少しだけ、ティアの過去と心の奥に触れる回でした。

ほのぼのとした毎日の中に、たまにこうして“誰かの痛み”をそっと描くことで、

読者にとってもこの場所が“心を置ける”作品になればと思っています。


この作品は戦いません。変わる必要もない。

でも、心だけはほんの少しずつ、柔らかくしていきたいのです。


◇応援のお願い

最果てのダンジョンに吹く月光の風が、読者のみなさんの心にも届きますように。

いいね・フォロー・ブックマークで、静かな応援をいただけると嬉しいです。



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