第59話『欠片の音が繋ぐ夜と、ティアの祈り』
夜になると、カフェはまた静けさを取り戻した。
昼間よりも温度が少し下がり、ダンジョンの奥から吹き抜ける空気が冷たい。
棚に並ぶ欠片たちは、その冷気に呼応するように淡く震えていた。
ティアはそっと欠片に手を置き、小さく息をついた。
「冷たいですね……でも、嫌じゃない」
その指先に欠片が微かに応える。
ほんの短い音が響き、すぐに消えた。
ポヨはその音を聞き逃さなかった。
「今の音、ティアさんのための音ですね!」
「そう思いますか?」
「はい! 欠片たち、ティアさんに何か言いたいんですよ」
ティアは笑みを浮かべ、欠片をそっと撫でる。
「ありがとう……いつもここにいてくれて」
欠片はまた短く音を立て、それに応えるように棚の奥で別の欠片も静かに鳴いた。
モグはその様子を黙って見つめ、欠片のひとつを優しく動かした。
わずかに光が揺れて、また別の欠片へと連鎖する。
その連鎖は棚全体を通り抜け、やがてポヨの描いた地図に届く。
ポヨはノートを抱えたまま目を閉じ、小さく息を呑んだ。
「……聞こえました。全部繋がって、ちっちゃい音楽になったみたい」
「ほんとうに……小さな音楽ですね」
ティアも目を閉じ、その静かな旋律にそっと耳を澄ませた。
欠片の音は夜の空気に溶けるように消えていった。
けれどその余韻は、棚やカウンター、そしてティアやポヨの胸の奥に確かに残った。
「ぼく、この音を全部覚えてたいです」
ポヨが小さく呟いた。
「そしたら、いつか欠片が全部繋がったときにちゃんと聞き返せますから」
「ええ……きっと忘れませんよ。ポヨだけじゃなく、私も、モグさんも」
ティアは微笑み、モグの方へ視線を送った。
モグは黙ったまま頷き、欠片にそっと手を当てた。
その手つきはいつものように無骨で、でも今日はどこか祈るように優しかった。
ティアはそれを見つめ、小さな声で言葉を落とす。
「私……ずっとこの音を聞いていたいです。ずっとここで、この音を聞きながら過ごしたい」
ポヨはぱっと顔を輝かせ、大きく頷いた。
「ぼくもです! だからもっと星を増やして、音をもっといっぱい繋げます!」
欠片たちはその会話にまた静かに応えるように、淡い音をひとつ響かせた。
夜は深くなり、棚の光はわずかに弱まっていく。
けれど音は確かにそこにあり、消えそうで消えない優しい旋律を奏でていた。
ティアはそっと目を閉じ、欠片に願う。
「どうか……この場所が、ずっとこうして音で満たされていますように」
モグは欠片を撫でながら短く息をつき、それが微かな音となって棚へと広がった。
ポヨはその音を嬉しそうにノートへ描き写し、また星の印を一つ増やした。
【第五十九日目:欠片が紡いだ夜の調べと、小さな祈り】
・夜のカフェで欠片たちは互いに短い音を響かせ、小さな音楽になった
・ティアはその旋律に胸を寄せ、ずっとこの音を聞いていたいと静かに願った
・ポヨは星を増やしながら、その音を全て覚えていこうと心に決めた




