第58話『星の印と、欠片が見せた景色』
ポヨの大きな地図に描かれた星の印は、翌朝になってもまだしっかりとそこにあった。
ティアはカウンターに頬杖をついてそれを眺め、そっと呟く。
「この星があるだけで……なんだか、ここが帰る場所って感じがします」
ポヨはにこにこと笑って、ノートを胸に抱えた。
「絶対そうです! だからぼく、もっと星を増やします!」
「ふふっ……多すぎると、どこが帰る場所かわからなくなりませんか?」
「大丈夫です! 星が多いほど賑やかですし、それにティアさんやモグさんがいる場所が本当の帰る場所ですから!」
ティアはその言葉に目を細め、優しく微笑んだ。
モグは棚の奥からまた別の欠片を取り出し、そっと並べ替えた。
欠片は柔らかい光を揺らし、音もなく棚に溶け込む。
けれどその瞬間、ポヨの描いた星の線がふっと揺れた。
「……今、線が動きましたよ!」
ティアが息をのむ。
ポヨは慌ててノートを開き、星の周りに走る細い線を指で追った。
「これ、欠片たちが……もっと見せたいものがあるんです!」
ポヨはそう言って、大急ぎで星の横に新しい線を描き足した。
すると棚の欠片がほんのりと色を変えた。
それはいつもの淡い白ではなく、どこか青みがかった光だった。
ティアは小さく声を上げる。
「綺麗……こんな色、今まで出したことありませんでしたよね?」
モグは欠片に手を置き、静かに目を閉じた。
「……遠い景色」
わずかに開いたモグの口から、そんな言葉が零れた。
「遠い……景色?」
ティアが問い返すと、モグはゆっくり頷く。
ポヨは不思議そうに欠片を覗き込み、それから地図にまた新しい星を描いた。
「じゃあぼく、この星に“景色”って名前を付けます!」
ティアは少し驚いて、それからふわりと笑った。
「いいですね……きっとこの欠片たちが見せたい景色なんでしょう」
欠片はその言葉に呼応するように、またそっと光を変えた。
今度は薄い緑が混じるように揺れ、それが棚の奥へと静かに滲んでいった。
ポヨはノートを強く抱きしめ、嬉しそうに言う。
「いつかこの地図が欠片全部を繋いだら……ぼく、景色を見に行きたいです」
「ええ、一緒に行きましょう。モグさんももちろん一緒です」
ティアはそう言ってモグの方を見た。
モグは小さく頷くと、また欠片をそっと撫でた。
カフェには今日もダンジョンからの柔らかな風が吹き込む。
その風が棚の欠片をかすかに揺らし、静かな音を響かせた。
ポヨはその音を聞くと、目を輝かせて小さな声で呟いた。
「ぼく、この音をもっと集めたいです。もっといっぱい線を描いて……もっと星を増やして……」
ティアはそっとポヨの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ。欠片たちはきっと全部覚えてくれますから」
モグは黙って棚の整理を続けながら、その背で優しく頷いてみせた。
【第五十八日目:星の印と、欠片が見せてくれた遠い景色】
・ポヨの地図に描かれた星は欠片と呼応し、新しい色の光を棚に映した
・モグは「遠い景色」と小さく言葉を落とし、ティアとポヨは胸を躍らせた
・欠片は今日もまた小さな音を響かせ、この場所をそっと彩った




