第50話『ポヨの線がつないだ音と、モグの微笑み』
ポヨのノートには、昨日洞の奥で写し取った石版の模様が大きく描かれていた。
線はまだ途切れ途切れだったけれど、それを見ているだけでどこか胸がふわりと温かくなる。
ティアはカウンターに座り、そのノートを覗き込んだ。
「ポヨ、本当に上手ですね。これ……石の欠片たちが喜んでるように見えます」
「えへへ、そうですか?」
ポヨは顔を真っ赤にして照れながら、それでもノートを抱え込み嬉しそうに笑った。
モグはいつものように棚を整理していたが、今日は少し違った。
棚の欠片を並べ替える指先が、どこか丁寧で柔らかい。
「モグさんも、この模様……繋がるの楽しみにしてるんでしょうか」
ティアがそう尋ねると、モグは少しだけ動きを止めて、視線を棚の奥へ向けた。
それからゆっくり頷く。
それだけの仕草なのに、ティアは胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
そのとき、ポヨが小さな声を上げた。
「……音がしました!」
ティアがはっとしてポヨを見る。
「どこから?」
「ノートです!」
ポヨはノートを胸に抱きしめると、顔を真剣にして耳を澄ませた。
「ほら、なんか……遠くで鳴ってる気がするんです。ぽつん、ぽつんって」
ティアもそっとノートに耳を近づけた。
そこには確かに微かな、ほんとうに微かな音があった。
「これ、昨日ティアさんが石版に触れたときに聞こえた音に似てませんか?」
「……似てます。あのときの小さな鐘の音……」
ティアはそっとノートをポヨの手に戻すと、嬉しそうに目を細めた。
「ポヨの線が、きっと音を呼んだんですね」
「えへへ……じゃあもっと描きます!」
ポヨはまたノートを開き、欠片の線をじっくりとなぞるように描き足した。
モグはそっと欠片をひとつ手に取り、光の当たる場所へ置き換えた。
その欠片はまるで呼応するように、ほんの少しだけ輝きを増した。
「モグさんも、ありがとうございます」
ティアがそう言うと、モグはゆっくりティアの方を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
それは短い時間だったけれど、確かにモグは微笑んでいた。
ポヨはそれを見てぱっと顔を輝かせた。
「モグさんが笑ったの、久しぶりに見ました!」
ティアも笑った。
「ポヨのおかげですね。ポヨがノートに描いた線が、モグさんまで笑顔にしてくれたんですよ」
「じゃあ、もっともっと描きます!」
ポヨは真剣な顔でまたノートに向かい、線を増やしていった。
気づけば棚の欠片たちが、いつもより少し光を強くしているように見えた。
その光はまだ弱くて儚いけれど、確かにポヨの線と繋がっていた。
ティアはカウンターに座り、ポヨの背中をそっと見つめながら小さく呟く。
「いつかこの光が全部繋がったら……その時は、モグさんももっと笑ってくれる気がしますね」
モグは黙って頷くと、再び棚をそっと整え始めた。
その仕草はいつもよりもずっと柔らかで、優しかった。
【第五十日目:ノートに描いた線と、微かに響く音】
・ポヨのノートは欠片の模様を繋ぎ、そこから小さな音が生まれた
・ティアとポヨはその音を確かめながら笑い合い、モグもまた静かに微笑んだ
・棚の光は少し強くなり、今日もまた欠片はそっと呼吸をした




