第34話:カフェに流れる音楽と、見知らぬ楽譜
カフェに古い楽譜が置かれていた。誰が置いたのかはわからない。
ティアが譜面を拾い上げ、そっと目を細める。
「これ……聞いたことのない旋律です」
ポヨが興味津々に近づいてきて、鼻先でくんくん嗅いだ。
「音の匂いってあるのかな」
ティアは微笑み、カウンター奥にある古いオルガンに楽譜を立てた。
鍵盤をひとつ叩く。すると、それはこのダンジョンに初めて響く旋律だった。
「……きれい」
モグも棚の隙間から顔をのぞかせ、静かに耳を澄ませていた。
それは誰が書いたのかもわからない曲。けれど確かに、この場所に馴染んでいった。
その旋律は少し不思議だった。
同じフレーズが二度と現れない。進んでは戻り、戻っては違う道へ行く。
ティアは何度も譜面を追い、そっとつぶやいた。
「この曲、どこかに“終わり”がない気がします。最後の小節も、まだ続きがあるみたい」
「つまり……ずっと続いてるの?」
ポヨが不安そうに言うと、ティアは優しく笑った。
「ずっと続くから、また弾きたくなるのかもしれませんね」
夕暮れが近づくと、ダンジョンの廊下にまで音が漏れた。
いつも静かな空気が少しだけ揺れ、モグがそっと書棚に手を置く。
音は棚の奥に溶けていった。
その夜、ティアはカウンターで紅茶を淹れながら言った。
「いつかこの曲に、ちゃんとした“終わり”をつけられたらいいですね」
「終わりが欲しいのか?」
「いえ……やっぱり終わらなくてもいいのかもしれません」
彼女は小さく笑い、もう一度楽譜に目を落とした。
【第三十四日目:誰が書いたかもわからない音楽が紡ぐ静かな時間】
・カフェにいつの間にか置かれた古い楽譜
・ティアが弾くと、ダンジョン全体に初めての旋律が流れる
・曲には終わりがなく、それがまたこの場所に似合っていた
今日もまた、この店には誰かの知らない物語がそっと置かれた。
それは文字ではなく音。
でもやっぱり、ここに馴染んでいった。
◇あとがき
今回は“音楽”をテーマに、ダンジョンの日常にそっと新しい風を吹き込んでみました。
終わりのない旋律が、この物語にも似ている気がしています。
◇応援のお願い
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