第3話:迷い人と、スライムの案内係
昼過ぎ、ハーブ園フロアで摘みたてのミントを抱えて帰る途中だった。
「ポヨー、お茶淹れるぞー」
「マスター、こっち来てくださいっ! 非常事態です非常事態ですっ!」
慌ただしく転がってくるポヨの声に、俺はハーブの束をその場に置いて、足を速めた。
「どうした、ゴーレム暴走か? それともキノコがまた……」
「ちがいます! 人間です、人間が来てます! このダンジョンに! しかも、戦ってない! 道に迷って、勝手に温泉に入ってます!!」
「……え?」
確かに、ダンジョンの奥、温泉フロアの一角には。
濡れ髪をタオルでぬぐいながら、のんびりした顔で湯を上がっている――見知らぬ人間の女の子がいた。
「ふー……極楽でしたわー。あら?」
俺とポヨに気づいたその子は、きょとんと目を見開き――にっこり笑った。
「こんにちは! あの、ここってダンジョンですよね?」
「……そうだが」
「助かりました! 途中で迷って、空間転移魔法が暴発して、気づいたらこの中にいて。でも温泉があったので、とりあえず入りました!」
「とりあえず入るな!」
「だって、張り紙に『ご自由にお入りください』って書いてありましたし」
――ああ、それは俺が昨日書いたやつだ。
その子は旅の魔法使いらしく、街道を外れて休んでいたときに、魔法の暴走で空間の裂け目に吸い込まれ、このダンジョンに飛ばされてきたらしい。
「名前はティアです。あなたがここのダンジョンマスター?」
「ああ。ここは……人が来ない場所なんだけどな。ほんとに珍しい」
「ごめんなさい。でも、こんなに居心地のいいダンジョン、初めてですわ」
そう言ってティアは笑った。
「お風呂はあるし、空気もいいし、スライムもかわいいし」
「かわっ!? マスター、僕、今かわいいって言われましたよ!」
「お前は少し落ち着け」
ティアはそのまま、俺たちと並んでお茶を飲んだ。
摘みたてのミントを使ったハーブティーを出すと、「うまっ!」と目を輝かせてくれた。
ティアは、しばらくこのダンジョンに滞在することになった。
空間魔法が安定するまでは無理に移動しない方が良い、とのこと。
「……正直に言えば、戻らなくてもいいかなって思ってるんです。あの街は、なんだかせわしなくて」
ティアの声に、少し寂しさが混じっていた。
「ここにいると、時間が緩やかに流れてる感じがするんです。……まるで、すべてから解放されたみたいに」
俺は、心の中でひとつ頷いた。
――きっとこのダンジョンは、誰かを戦わせる場所じゃない。
誰かを休ませる場所なんだ。
「なら、自由に過ごしていいぞ。好きな部屋があったら案内してやる。ポヨが」
「えっ、僕が!?」
「お前、案内スライムだろ」
「たしかにぃぃぃ! がんばりますっ!」
こうしてダンジョンに、初めての“住人”が加わった。
ポヨが小さくぴょんぴょん跳ねながら案内する後ろ姿を見ながら、
俺は今日の夕飯を何にしようかと考えるのだった――。
◇あとがき
第3話は“迷い人”との出会い。
スローライフに少しだけ賑やかさが加わると、世界の色がふっと変わりますよね。
とはいえ、テンポは変わらず“のんびり”を維持して、これからも優しく続けていきます。
次回は、ティアの“ある提案”から、新しいダンジョンの部屋が誕生します。
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