表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/72

第25話『雨の日の来訪者と、香りの消えた朝』



雨が降った朝、ダンジョンの空気はしっとりと静まり返る。

香菜草の香りも、湿気に溶けて淡く感じられた。


その日、店の前に濡れた外套をまとった来訪者が立っていた。


「……ここに、“香りを知る者”がいると聞いた」


その声は低く、けれどどこか懐かしい響きを帯びていた。

客の名は、“記憶香師”と呼ばれる男だった。


彼は香りに宿った記憶を“読み解く”ことができるという、旅する語り部だった。


「この場所に残る香り……とても深いですね。

懐かしさ、温もり、そして少しの寂しさが混じっている」


そう言いながら、彼は静かに香菜草の鉢に手をかざした。

不思議なことに、香りが一瞬、鮮明に浮かび上がったように感じた。


「これは……“誰かを思う気持ち”が染み込んだ香りです。

あなた、ここで誰かを待っていたことはありませんか?」


俺は思わず、昔のことを思い出した。

このダンジョンを手に入れて最初に来た客――

小さな子どもを連れた女性冒険者。彼女がもう一度来る日を、どこかで待っていたのかもしれない。


記憶香師は香りに紐づいた“過去の情景”を、言葉として再構築してくれた。

それは、俺ですら忘れていた“瞬間の記憶”だった。


ティアもポヨも、思わず耳を傾ける。


「……香りは、記憶の器。

忘れられた気持ちは、香りの中に眠っている」


その夜、香菜草のひと鉢が急に香りを失った。

枯れてもいないのに、香らなくなったのだ。


記憶香師は静かに言った。


「香りが“全うされた”のかもしれません。

誰かの気持ちが報われると、植物も一息つくんです」


俺はその無香の鉢を、特別席のテーブルに飾った。

“香らないことで語る記憶”も、たしかにそこにある気がしたからだ。


翌朝、雨が上がるとともに、記憶香師は去っていた。

香りも、彼の気配も、まるで風のように消えていた。


だが香菜草はまた、新しい芽を出していた。


そして、かすかに――甘い雨上がりの香りを乗せて。


【第二十五日目:香りを失った草がくれた静かな記憶】

・“記憶香師”来訪、香菜草から過去の記憶を言葉に

・かつての訪問者を思い出すきっかけに

・香りを失った草は、役目を終えた証として飾られる


今日も静かな店内に、忘れられた思い出の香りが流れる。

そして、それを知る者だけが、そっと席に座ってくれるのだ。



◇あとがき

今回は“記憶と香り”をテーマにした、雨の日の静かな来訪者との一編でした。

日常の中にある懐かしさを、香りという形で掘り起こしてくれる人――

読者の皆様の中にも、ふと蘇る香りの記憶があれば嬉しいです。


◇応援のお願い

本作が気に入っていただけましたら、

ぜひいいね・フォロー・ブックマークで応援ください。


今日も、静かなダンジョンの片隅で、

温かな香りを用意して、お待ちしております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ