第22話:カフェに置かれた無記名の箱――“届けられなかった贈り物”の正体
カフェのカウンターに、ひとつの箱が置かれていた。宛名はない。ただ、薄い緑色の紙に包まれ、淡い黄色のリボンが巻かれている。
それを見つけたのはティアだった。「マスター、これ……誰かの忘れ物でしょうか?」
俺は首を傾げる。いつもの来客は、皆顔見知りだ。忘れ物なら、すぐに気づくはず。
けれどその箱には、どこか“時間”の層が重なっているような、妙な重みがあった。
ティアは箱の包みをそっと指先でなぞった。紙はほんのりと柔らかく、リボンはきゅっと結ばれている。けれど、それ以外には何の手がかりもなかった。
「誰かが、何かを伝えたかったんでしょうか」
ポヨがそう言ったのは、箱の側面に小さく刻まれた“花”の模様を見つけたからだった。それはこのカフェで飾っていたドライフラワーと同じもの――“想いを届ける花”と呼ばれる、珍しい種だった。
「これは……もしかして、このダンジョンに“届けにきた”ものなのかもしれませんね」
ティアが、箱のリボンをほどこうとする。
だがそのとき、カフェの扉がゆっくりと開いた。
入ってきたのは、一度だけ姿を見せた冒険者の青年だった。長く薄い金髪、澄んだ瞳、けれどどこか“色褪せた”雰囲気をまとっていた。
「あの、ここに……箱を置いた者がいたと思うんです」
ティアが箱を手に取って差し出すと、青年は一瞬だけ黙って、やがて深く頭を下げた。
「――ありがとうございます。それ、僕の姉が……遺していったものなんです」
彼の話はこうだった。
かつて、この最果ての地で仲間を救い、命を落とした女性冒険者がいた。彼女は生前、このカフェに何度か立ち寄り、「ここには“帰りたくなる匂い”がある」と笑っていたという。
彼女は亡くなる直前、弟にこう伝えていた。
「もし、私が戻れなくなったら――この箱を、あの場所に置いて。
誰にも開けられなくてもいい。
ただ、“あったこと”を、あそこに残してほしいって」
箱は、彼女がこのカフェで過ごした時間、仲間との思い出、そして“言葉にできなかった感謝”を封じたものだった。
「……僕は、ずっと置く勇気がなかった。けれど昨日、夢に姉が出てきて、“そろそろいいんじゃない?”って。だから……今日、来ました」
箱は開けられなかった。けれど、俺たちは誰もそれを責めなかった。
“開かれない贈り物”もまた、誰かの想いなのだ。
それをここに置くために、彼は遥かな道を越えてやってきた。
ティアが言う。
「これは、心を“届けることができた”物語、ですね」
俺は頷いた。
「それだけで、十分すぎる」
その日の記録はこうなった。
【第二十二日目:開かれなかった箱と、届けられた想い】
・カフェに無記名の箱出現。送り主は故人
・弟が遺言に従い、箱を届けに来る
・開封せず、空間に“在ったこと”だけを記す
箱はそのまま、カフェの一角に置かれている。
誰も開けず、誰も触れない。
けれど、それが“確かにあった”ことを、俺たちは静かに見守っている。
それだけで、十分だ。
◇あとがき
今回は“開かれなかった贈り物”をテーマにお届けしました。
伝えるという行為には、勇気がいります。
ましてやそれを相手に渡すこと、そして“渡して終わり”ではなく“渡せた”こと自体に意味を持つ――その姿を、今回は箱を通して描きました。
誰かに気持ちを託したいけれど、言葉にできなかった経験が、読者の皆様にもあるかもしれません。
その“気持ち”が、どこかのカフェにそっと置かれていることを願って。
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皆様の優しい足音が、このカフェの扉をそっと開いてくれますように。




