第21話:花の手紙と封じられた風景――ティアの“書かなかった過去”
ティアが“手紙”を書いていたのは、雨の日だった。
けれどその手紙は、誰に宛てたものでもなかった。
宛名のない封筒に、封をせず、花と一緒にそっと引き出しの奥にしまわれていた。
ポヨが、偶然それを見つけたのは、花の整理を手伝っていた時だった。
「……ティアさん、これ。誰に宛てたんですか?」
ティアは、一瞬だけ目を伏せて、やがて小さく言った。
「――誰にも、出していない手紙です」
その日、ティアは俺に話してくれた。
ほんの少しだけ。
けれど、確かに“歩き出すための言葉”だった。
「わたし、もともとは……あの街の、図書館で働いていました」
小さな声。
けれど、隠すような気配はなかった。
「本を修復する係。痛んだ背表紙を直して、破れたページに薄紙を貼って。
古い記録が消えないようにするのが仕事でした。
でも、ある時気づいてしまったんです。
“本って、全部が記録されているわけじゃない”って」
「記録されない物語も、ある。
忘れられるべきとされた言葉、消された行間……
そういう“誰も書かなかった過去”に、触れてしまったんです」
彼女の瞳は、まっすぐだった。
「わたし、怖くなって逃げました。
でも、誰かに“それでも残してほしい”って言われたような気がして、
手紙を書いたんです。
――けれど、それも怖くなって、封をしなかった」
その夜、ティアはその封筒を持って、図書館の“空白の棚”の前に立った。
「……この棚、わたしのために現れたのかもしれないですね」
誰に届くでもない手紙。
けれど、その“想い”が誰かに読まれるかもしれない可能性を、
彼女はようやく、受け止められるようになったのかもしれなかった。
ティアは、封筒の中に一輪の花をそっと添えて、棚の前に置いた。
そしてこう言った。
「書かなかったことを、書いていいって思えるようになるまで……
もう少しだけ、ここに置いておいてもいいですか?」
俺はうなずいた。
「もちろん。ずっとでもいい。
いつか封をするときまで、そのまま置いておけばいい」
その日の記録はこうなった。
【第二十一日目:書かなかった手紙と、それを認める時間】
・ティア、“過去の手紙”と向き合う
・封筒は未封。花とともに“空白の棚”の前に設置
・記録されなかったものも、“在った”と認めることができる
このダンジョンは、無理に誰かに“過去を語れ”とは言わない。
ただ、“語ってもいいんだ”と静かに教えてくれる。
ティアの手紙は、まだ開かれていない。
けれど、確かに彼女の中で“もう一度書けるかもしれない”という春が、静かに芽吹き始めていた。
◇あとがき
今回はティアの“語られなかった過去”に初めて踏み込みました。
人は皆、記録されなかったページをいくつか持っています。
この作品では、それを無理に語らせることなく、“それも存在している”と認める静かな場所を大切に描いていきます。
◇応援のお願い
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