第2話:朝ごはんは、スライム焼き? いいえ、スライム焼き“風”パンケーキです
朝が来た――と言っても、このダンジョンには太陽がない。
けれど、なんとなく時間の感覚は分かる。身体が目覚めた時、それが俺の“朝”になるのだ。
温泉の湯気はまだ立っていて、辺りに漂う香りも心地よい。贅沢な目覚めだ。
「さて、朝ごはんだな」
異世界に来て最初の朝食。
俺のスキル《調理》は、転生時になぜか最大まで強化されていた。
神様の手違いなのか、趣味を深く読み取られたのか。
ともあれ、使わない手はない。
ダンジョン内には、《キッチンフロア》というものが作れる。
昨晩のうちに試しに設計しておいた、小ぢんまりとした石造りの空間に、魔力で動くオーブンや火皿が並ぶ。
「うーん、パンケーキが食べたいな。メープルはないけど、果実の蜜なら……」
先ほど、ポヨがぷるぷる震えながらやってきた。
「マスターァァァ……あの、今、僕のこと、焼こうとしてませんでした……?」
「してないしてない。“スライム焼き”って見た目だけの名前だから」
「心臓止まりかけました……スライムに心臓はないけど!」
「じゃあ手伝って」
「喜んで!」
《ダンジョン農園》の隅で育てておいた果実――小粒の白い実は、甘みが強く、すりつぶすと蜜になる。
パンケーキの種は、ダンジョン内に出現する《ふわふわ麦》という謎の小麦素材を使っている。
「はい、ポヨ。そこ、泡立てて」
「マスター、あの……泡立て器ってなんですか?」
「魔力でかき混ぜる。高速で」
「なるほどぉっ! ぴゅんぴゅんぴゅんっ」
青いスライムがまるでプロペラのように泡立てていく様子は、ある意味異世界らしいな、と思った。
生地を鉄板に落として、両面を焼く。バターのような香りが立ち、果実の蜜を垂らすと、甘い香りがダンジョン内を満たした。
「できた!」
皿に盛りつけて、テーブルに置く。
スライム型の型を使ったパンケーキは、外はカリッと、中はふわふわ。
蜜の甘みが程よく絡んで、どこか懐かしい味がする。
「マスター、これは……感動的です……!」
「……俺も、ここでやっていける気がしてきたよ」
そのあとも、のんびりとした時間が続いた。
ポヨは床を滑りながらお皿を片付けてくれたし、俺はダンジョン内を少しだけ拡張した。
新たに追加したのは、《談話室フロア》。
本棚とソファを置いて、温泉帰りにぼーっとできる休憩所だ。
「ここに、魔導書の写しを置こう。レシピノートとかも作りたいしな」
「マスター、ますます冒険者来ませんね!」
「それが目的じゃないからな」
ダンジョンといえば、冒険と戦いの場。
だけど、ここは違う。誰の目にも触れず、争いも起きない。
ただ、静かに、ゆるく、丁寧に暮らす場所だ。
「今日はパンケーキだったし、明日はシチューでも作るか……」
「やったーっ! 僕、パンをちぎって入れる係やります!」
「それ、仕事か?」
「重要任務です!」
今日の朝は、こんなふうに笑って始まった。
――明日もまた、そんなふうに始まるだろう。きっと。
◇あとがき
のんびりダンジョンスローライフ、第2話でした!
バトルがない、緊張感もない、ただひたすらに甘い香りと温泉に包まれるような世界を目指して進めていきます。
今後もダンジョンをちょっとずつ改装しながら、食べて、休んで、時々魔物と遊んで――そんな優しい時間を描きます。
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