第19話:スライムと夜の料理会――“食べたいもの”はどこからくるの?
それは、夜のことだった。
カフェフロアも静まり返り、誰もが部屋で灯りを落とし、
ティアが“花の観察日誌”を書いていたころ。
ポヨがひょこりと俺の部屋に現れた。
「マスター、夜中なのにすみません。ちょっと、相談があって……」
「“食べたい”って、どこからくる感情なんですか?」
ポヨの言葉に、俺は目をしばたたいた。
「……え? 今?」
「はい。急に、すごく……なんか、食べたい気持ちが湧いてきて。
でも、何が食べたいのかは分からないんです。
そもそも僕、スライムですし、食べるっていうか吸収ですし……」
それでも、ポヨは真剣だった。
「あのとき、春風市でみんなのものを見て、
僕、自分の“好きなもの”ってなんだろうって考えちゃったんですよ。
それで、“食べたい”って思ったんです。
でも、“なんの味”なのかがわからない……」
俺は立ち上がり、言った。
「じゃあ、作ってみるか。“食べたいものを探す料理”を」
こうして始まったのが――
《夜の料理会》
ダンジョンの食堂キッチンに、ティアとポヨと俺が並ぶ。
深夜の空間は、昼の活気とは違って、どこか内緒話のような空気がある。
「じゃあ、マスター。何から作りますか?」
「そうだな……“香り”から行ってみよう」
最初は、野菜のスープ。
玉ねぎと人参を焦がさないように炒め、ブイヨンでゆっくりと煮込む。
ハーブをひとつずつ入れるたび、香りが変わっていく。
ポヨが目を輝かせる。
「このにおい、なんか……懐かしいような……でも、知らない感じも……!」
「食欲は、“香り”から始まることが多いからな。
記憶と結びついてることもある」
「記憶……僕にもあるのかな、そういうの」
次は、パンのトーストとバター焼きのきのこ。
カリカリの表面に、とろけるようなバターの香りが乗る。
キノコ三姉妹が「これは我らの領域」と手伝ってくれた。
ポヨが一口吸収する。
「……あ、これ……“あたたかい”です」
「味じゃなくて、あたたかさか?」
「うん。味は、よくわかんないけど……心が、あたたかいって感じがします!」
最後に、俺はおにぎりをにぎった。
ただの白米に、塩とほんの少しの海苔。
シンプルな、でも、どこか“帰る場所”を思わせる食べ物。
ポヨがそれを吸収して、ふるふると震えた。
「……これ、たぶん、僕が“食べたかったもの”です」
ティアがそっと言う。
「味じゃなくて、“何かをくれる人の気配”がするんじゃないですか?」
ポヨは、大きくうなずいた。
「はいっ! “気配”です!」
その夜の記録はこうなった。
【第十九日目:味よりも、気配を食べた夜】
・《夜の料理会》開催
・ポヨ、“食べたい”の正体を探す
・最終的に求めたのは、“気配”と“ぬくもり”
食べるというのは、ただ物理的に満たすことじゃない。
誰かと過ごすこと。
何かとつながること。
そういうすべてが、ひとくちに詰まっている。
スライムのポヨにも、それがちゃんと届いた夜だった。
◇あとがき
今回は“食欲”と“感情”のつながりを描いた回でした。
ポヨのように“何者でもない存在”が、自分の気持ちに気づくという展開は、物語の核に近づいています。
食べることは、生きることの縮図。
だからこそ、大切に描いていきたいと思っています。
◇応援のお願い
今回の物語が、あなたの“記憶にある味”をそっと揺らしたなら――
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一人じゃ見つからない味が、きっとそこにあります。