第14話:ゴーレムモグの休日、そして“石の図書館”が動き出す
彼は、石でできていた。
そして、言葉を話さなかった。
けれど俺たちは、彼のことを“モグ”と呼び、彼もまたこのダンジョンの仲間だった。
モグは無口だ。というより、しゃべらない。
それでも表情が豊かで、身振りや空気の流れでなんとなく意思は伝わる。
朝になれば温泉フロアを掃除し、花壇に水をやり、パン屋の窯を調整して回る。
無償で、何も言わず、当然のように。
ある日、ティアが言った。
「モグさんって、休日あるんですか?」
俺は首をひねった。
「……ないかもな」
「だったら、“休日”を作ってあげましょうよ。ね、マスター」
「いいけど、あいつ……休むかな」
ティアの提案で、《モグの休日》を宣言する日がやってきた。
カフェの椅子に座らせて、ポヨがシフォンケーキを運び、
キノコ三姉妹が「おつかれー!」とクラッカーを鳴らす。
モグはというと――
ぽかん、とした石の顔で、座ったまま動かない。
「ま、まさか休み方が分からない……!?」
ティアが驚く中、モグはゆっくりと立ち上がると、ひとつ頷き、静かに立ち去った。
その先は、誰も普段入らない、ダンジョンの旧蔵書庫――**《石の図書館》**だった。
《石の図書館》は、もともと管理者用の保管エリアだった。
棚はすべて石製、書物も石板に刻まれた古代文字。
誰にも読めず、誰にも使われないまま、静かに閉ざされていた。
けれどモグは、まるでそこが“自分の部屋”であるかのように、鍵を開け、中へと入っていった。
俺とティア、そしてポヨがそっと後を追うと、
モグは古びた棚をひとつずつ丁寧に拭き、割れた石板を並べ、崩れかけた構造を直していた。
ティアが呟く。
「……あの人、ここが好きだったんですね」
「たぶん、居場所だったんだろうな」
誰も読まない言葉。誰も聴かない記録。
だけど、それを並べ直す彼の仕草は、まるで“心を整える儀式”のように見えた。
翌日、モグはいつもよりほんの少し、背筋を伸ばしていた。
代わりに、図書館の前に小さな掲示板が立っていた。
『石の図書館、整備完了。閲覧自由』
ポヨが叫ぶ。
「もしかしてこれ、一般公開されるんですか!?」
俺とティアも入ってみると、そこには新たに設置された“翻訳魔導装置”があった。
古代語が、ゆっくりと現代語に変換され、石板に淡く浮かぶ。
内容は――この世界の草木、雲、風、そして“心”のあり方について綴られていた。
まるで詩のようで、日記のようで、どこか彼自身の思索のようでもあった。
その夜、俺はノートに記す。
【第十四日目:言葉なき記録が、心を語る】
・《モグの休日》、石の図書館復旧。
・翻訳装置により、古代の記述が読めるように。
・言葉がなくとも、意思は届く。
静けさは、時に騒がしさよりも深い“発信”を含んでいる。
そしてモグは今もまた、誰もいない図書館の隅で、新たな石板に文字を刻んでいる。
語らぬ彼の声は、誰よりも静かに、でも力強く、ダンジョンの空間に息づいているのだった。
◇あとがき
今回は“言葉を使わない存在”の物語でした。
誰にも注目されなくても、誰にも評価されなくても、何かを“丁寧に整える”ことの尊さを描きたくて書きました。
図書館は、今後ダンジョンに静かな深みを与える場所になります。
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