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第12話:キノコ三姉妹の大発明!? ダンジョンにパン屋ができました



ダンジョンの朝は静かだ。

温泉の湯気がまだ残る通路を抜けて、今日も俺はカフェフロアへ向かう。


すると、異様な光景が目に飛び込んできた。

そこには、なにやら騒がしい三姉妹――キノコ三姉妹が、何か巨大な装置を運び込んでいるところだった。


彼女たちは頭にパン職人風の帽子をかぶり、

「むふー! 今日は大発明の日ですよー!」

と叫びながら、パンのような何かを試作していた。


それは、形こそパンに見えるが、ふわふわどころかプルプルしていた。

「それ、スライムパンじゃないか?」と声をかけると、三女クロムがどこからともなく音叉を鳴らしながら言った。


「発酵ではなく共鳴です〜」


まったく意味がわからなかった。


発端は、ティアがぽつりとつぶやいたひと言だった。

「このダンジョン、パン屋さんがあったら、もっと癒されますよね」


それを聞いた長女ムクが興奮し、

「じゃあ! わたしたちがパン屋になりますー!」

と手を挙げ、そこから三姉妹の“パン修行”が始まったのだという。


しかし、どうにも発酵の工程がうまくいかず、パン生地は硬かったり、逆にドロドロになったり、なぜか透明化したりした。


「クロム、パンが透けてるぞ……」


「魔力で膨らませたら、物質的な存在を捨ててしまいました〜」


意味がわからなすぎて頭が痛くなる。


それでも、彼女たちは諦めなかった。


数日後、ついに《きのこ式発酵炉》なるものが開発された。


これは、菌糸ネットワークと魔力の発酵を融合させた画期的装置で、微量の振動と温度調整を行うことで、パン生地に絶妙なリズムで“ふくらみ”を与えるという。


試作品のパンを一口食べてみる。


――ふわっ、とろっ。

魔素の香りが漂い、ほんのりとした甘さが舌の奥に残る。


「……うまい……!」


三姉妹は誇らしげにかさを張った。


「名前は《夢の胞子パン》ですー!」


「もしくは《夜明けの蒸し発酵》!」


「わたしは《浮遊パン》が好きです〜」


名前のセンスはともかく、味は一流だった。


そこからは早かった。


ティアが設計した小さな木造のショップ。

ポヨが考案したロゴデザインは、ぷるぷるしたスライム型のパンをかたどったもの。


そして――店名は満場一致でこう決まった。


《パン処 ふわ茸》


ダンジョンの一角、《癒しの回廊》の隅に、小さくもあたたかいパン屋が誕生した。


香ばしい匂いが漂い、風にのってフロアを包み込む。

誰かが来るわけじゃない。けれど、誰かが立ち寄ってしまいそうな、そんな空間。


俺はその店の隣に、椅子をひとつ置いて、ぼんやりとパンの香りを楽しんだ。


昼過ぎになると、ティアがやってきて、焼きたての《夢の胞子パン》をひとつ持ってきた。


「今日のは、紅霧ベリー入りです」


外はサクッと、中はふわりと甘く。

ベリーの果汁がじゅわっと広がり、春のような後味が残る。


「うまいな」


「うまいです」


しばしの静寂。

ふたりでパンを噛み締めながら、誰もいない回廊を眺めていた。


「……不思議ですね」


「何がだ?」


「パンって、こんなにも心が満たされるものなんですね」


俺はふと思った。

このダンジョンは、いつの間にか“施設”ではなく、“町”に近づきつつあるのかもしれない。


パン屋があり、カフェがあり、音楽室があり、温泉があり。

人は少ないが、温もりだけはどこにも負けない。


これこそが、最果てダンジョンにしかできない形だった。


その夜、ポヨがパンラジオ特別放送を行った。


「本日のパン情報! 《ふわ茸》では新作、“焼きカスタードきのこパン”が誕生しました〜!」


「中には熱々とろとろの魔素クリームが入っていますっ!」


「ただし、爆発の危険もあるので、三姉妹が順番に“火の調律”を行っています!」


「安全第一ですね〜!」


放送が終わると、パンの香りがまだ残るフロアで、俺はそっと言葉をこぼした。


「……こんなに贅沢な時間、外にはなかったな」


そして、日記ノートにはこう書き残す。


【第十二日目:パンが焼ける音が、誰かの心をほどく】


・キノコ三姉妹、パン職人に進化。

・《ふわ茸》開業。予想外の高完成度。

・この香りと共に、心を柔らかく。


このダンジョンが、何者かに評価される日は来ないかもしれない。

けれど、ここにいる者たちにとっては、きっとそれでいいのだ。


パンの香りに包まれて、またひとつ、“心の居場所”が増えていく。

◇あとがき

今回は“食”のテーマとして、パンと発酵と小さな商いを描きました。

キノコ三姉妹がまさかパン屋をやるとは思っていませんでしたが、彼女たちらしい丁寧な仕事ができました。


読者の皆さんにも、ふわっとしたパンの香りが届いていたら嬉しいです。


◇応援のお願い

もしこの話が、あなたの心をちょっとだけ温かくしてくれたなら――

いいね・ブックマーク・フォローで、ダンジョンに届く応援の声をください。


パンの香りと共に、物語は今日も焼き上がっています。

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