表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/72

第11話:誰もいないカフェの窓辺で、春色シフォンと風を待つ




春――と言っても、このダンジョンに季節の移ろいはない。

本来ならば、空も草木も温度も、全てが静止した人工の空間だ。


けれどそれでも、風の流れや光の色、空の模様を調整することで“春の気配”を感じることはできる。


今朝、ティアが言った。


「風が……やわらかくなりましたね」


その言葉がきっかけだった。


俺たちは、《喫茶フロア》を作ることにした。


発案からわずか半日、フロアの基礎は完成していた。


円形の床は魔法木材の濃いブラウン、天井は大きく開けて透明な結界が貼られ、常に柔らかな陽光が差し込む。


四方には大きな窓を配置し、その外側には《幻風花》と呼ばれる魔法の花が咲き乱れていた。

花弁は風に応じて微妙に色を変え、空気の匂いまでも調整するらしい。


「これはもう……普通にカフェより居心地良いわね」


ティアがそっと窓辺に座り、風に髪を揺らす。

スライムのポヨは、パティシエ帽を自前の体で作りながら跳ねている。


「お菓子! お菓子作りましょう! 今日は“春色シフォン”です!」


「春色って、何色だよ」


「ふわっとした桃色と、淡い緑と、あとは空の水色! つまるところ、カラフルなシフォンケーキです!」


「三色団子の洋菓子版みたいだな……」


「完璧な表現です!」


キッチンフロアから材料を持ち込み、みんなで春色シフォン作りが始まった。


ふわふわの魔素卵を泡立てて、色と香りのついた果汁を混ぜる。

桃香果、風葉草、空白果実――ダンジョンで採れた自然由来の素材ばかり。


ティアは泡立てのリズムに合わせて、口ずさむようにハミングする。


「……なに、その歌?」


「ふふっ。このダンジョンで覚えた“日常の音”ですよ。ほら、焼きたてのパンの匂いとか、風の中に溶けるお茶の香りとか」


「それ、音じゃなくて感覚じゃない?」


「いえ、“感じる音”です。私は、そう呼んでいます」


……なるほど。

音楽室で朝の旋律を奏でて以来、ティアの中にあるものが、少しずつ輪郭を持ち始めているようだった。


ポヨが高く跳ねる。


「焼けました〜! これが、春色三段シフォンです!」


透明な魔法ガラスの皿に並ぶ、ふわふわのケーキたち。

色とりどりの層は、美しさというより“あたたかさ”を感じさせる。


ティアが窓辺に置いたカップには、ミントと白桃のブレンドティー。


誰もいない。客もいない。外の世界とも切り離された、最果ての場所。

だけど――


「ここがいちばん、心が自由になれる気がする」


彼女が、そう呟いた。


午後の風が、フロアを抜けていく。


キノコ三姉妹は隅のソファでお昼寝中。ゴーレムのモグは外で花壇の手入れをしている。

ポヨは“シフォンの甘み解説原稿”を書いている。


ティアと俺だけが、窓辺に並んで座っていた。


「ねえ、マスター。……ここ、永遠にこのままだと思います?」


唐突な質問に、一瞬だけ考える。


「このダンジョンの構造としては、たぶんずっとこのまま維持できる。魔素の循環も、自動修復機能もあるし」


「……そうじゃなくて。私たちの心は?」


今度は、少し長く沈黙が落ちた。


外界にいたときのティアは、誰かに求められ、誰かに評価されることばかりに疲れていた。


ここでは、その必要はない。


でも、それでも、心というものは――


「……ずっと同じ場所にい続けるのって、意外と難しいかもな」


俺は、ようやく言葉を探して答えた。


「だからこそ、少しずつ“風景”を変えるんだ。ダンジョンの形を、日常の流れを、少しずつ」


「……進まなくてもいい。でも、止まらないように」


「うん。それが、たぶん、“生きる”ってことなんじゃないか」


ティアが静かに笑った。


その笑顔は、花の色に似ていた。


夕暮れの時間、シフォンケーキの残りをポヨが丁寧にラップして冷蔵庫に入れながら言った。


「明日もカフェ、開きますか?」


「ああ。明日は“風見クッキー”でも作るか。空を見上げながら食べるやつ」


「やったあ!」


「……ポヨ、あとで放送に流すレポートも頼むぞ」


「了解です、ぷるぷる記者、出動します!」


その夜、日記ノートにこう記す。


【第十一日目:風とシフォンと、窓の向こう】


・喫茶フロア設置完了。春仕様、好評。

・ティアの感性が明確な“音”を持ちはじめている。

・この空間に“止まらない安らぎ”を――


カフェの窓から見えた空は、変わらないのにどこか少しずつ違っていた。


何も起こらない。

でも、何かが確かに育っている。


このダンジョンは、生きている。

そう思えた一日だった。

◇あとがき

今回は“変化しないこと”と“少しだけ変わり続けること”をテーマにした回でした。

静かで、やわらかく、心に風が通り抜けるような物語にしたかったのです。


ティアの内面の変化はまだまだ続きます。

日々が続いていくというのは、物語が動く以上の奇跡だと感じています。


◇応援のお願い

このカフェの窓辺のように、あなたの日常にふわりと寄り添えたなら嬉しいです。

いいね・フォロー・ブックマークで、この最果ての空間に、そっと風を送ってください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ