第1話:誰も来ない? よし、じゃあ温泉を掘ろう。
目を覚ますと、天井が岩だった。
「……あれ?」
寝ぼけた頭で状況を把握しようとする。柔らかい土のような床に、薄明かりの天井。空気は澄んでいるが、外の風の匂いはない。
これは、どう見ても洞窟――いや、違う。視界の端に、青いスライムが跳ねていた。
《転生完了おめでとうございます!》
脳内に響く声に、ようやく思い出す。そうだ、自分は死んだ。そして――神様らしき何かに言われたのだ。
「あなた、戦闘も商売も向いてないから、ちょっと特別なポジションを用意しますね」
それが、ダンジョンマスターだった。
「それで、ここが……俺のダンジョンってこと?」
青いスライム――自己紹介によると《案内スライム・ポヨ》というらしい――に連れられて、洞窟の奥を歩く。
「はいっ。ここは“最果てダンジョン《アーベル》”。地図にも載ってない最西端の孤島にある、超レア物件です!」
「……お客さん、来るの?」
「たぶん来ません!」
満面の笑みで言い切られて、俺は天を仰いだ。
ポヨの説明によると、このダンジョンは建築も間取りも、完全に自由。
好きな部屋を作り、好きな魔物を配置し、好きに育てていいらしい。
ただし、予算という概念はなく、マスターの魔力が資源になるとのこと。つまり働かないと部屋も増やせない。
「……働きたくないな」
「なら、回復の早い“癒し”系の使い方をオススメします!」
ポヨはどこか営業マンのような調子で言った。
「たとえば温泉! 温泉フロアを作ると、あなたの魔力が“癒されて”回復が早くなりますよ!」
「温泉……!」
その響きだけで、心が沸き立った。
俺の中の何かが叫ぶ。
それだ、それがしたい!!
というわけで、俺は最初のダンジョン建設を始めることにした。
《ダンジョン編集》スキルを使うと、まるで箱庭ゲームのように、空間を動かし、地形を加工できる。慣れてくると、思考ひとつで床が抜け、壁が崩れ、岩盤が水脈に変わっていった。
「おお、出た出た、温泉っぽいの!」
やがて、ふつふつと湧き出す湯気が現れ、岩場の中心に白く濁った水がたまっていく。
《新フロア解禁:癒しの湯(温泉)》
《マスターの魔力回復速度+25%》
「やった……!」
温泉のまわりには、椅子と休憩スペースを配置。木目調の床を敷いて、ハーブティーを置くテーブルも追加。
「これは……最高すぎる」
人が来ない? 構わない。
戦わない? 全然問題ない。
俺は、自分だけの理想空間を、今まさに形にしているのだ。
その夜、温泉に浸かりながらポヨと会話した。
「なあ、ポヨ。ダンジョンって、本来は罠とか、迷路とか、戦いの場なんだろ?」
「そうですね。大抵は冒険者が潜って、モンスターと戦って、宝箱を探す場所です」
「でもここは、誰も来ないし、戦う必要もない」
「ええ、いわば“ほったらかし”です」
「……じゃあさ、俺がこの場所を、誰よりも快適な、休憩所みたいにしてもいいのか?」
「いいですよ、マスター。むしろ、それこそがこのダンジョンの“運命違反”です」
ポヨの言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
異世界で、誰も来ないダンジョンで。
俺は、のんびりと、でも確かに“生きて”いく。
「じゃあ明日は、ハーブでも育てようか。お風呂上がりにお茶が飲みたい」
「いいですねー! ハーブ園フロア、設計しておきます!」
俺の異世界スローライフ、第一日目はこうして静かに、温泉の湯けむりの中で幕を下ろした――。
◇あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
『異世界のんびり農家』のように「ほっとする」「戦いのない」「マイペースな世界観」を保ちながら、ダンジョンという舞台に広げてみました。
今後は、魔物とお茶会をしたり、きのこの栽培に失敗したり、迷子の冒険者をもてなしたり……と、ゆるっと進めていきます。
日々の癒しのひとつになれば幸いです。
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