09 ダンジョン市場
『じゃあ、さっそくやっていきますか』
ダンジョンの入口の階段を降りてすぐのところに、ちょっとした広場を作った。広さは100メータ四方くらいで、天井も10メーターくらいの高さにして明るく光らせた。
その広場に、道具屋、食料品店、武器屋、食堂、酒場、宿泊所など、普通の町にありそうな店舗を並べる。宿泊所には温泉も引いてやった。ひょっとしたら下手な宿場町よりも充実してるかもしれない。
これくらいのことはダンジョンコアである僕にとってはたやすい事だった。ダンジョン内であれば、なんでも作りだせるからね。
『至れり尽くせりじゃないか。ここに住んでもいいレベルだよ』
各店舗の主人は、僕が召喚した下級悪魔たちだ。悪魔の姿ではマズいので人間に化けさせてある。彼らは非常に頭が良く、話も上手い。だから冒険者相手に商売をするなんて朝飯前だろう。
『さて、どんな反応が見れるかな』
ほどなくして、冒険者パーティがダンジョンにやって来た。
歴戦のつわものといった顔つきぞろいだが、皆大荷物を背負っていて少し歩き疲れている様子だ。やや重い足取りで、それでも慎重に入口の階段をおりてくる。
そして辺りを見わたすと、皆同じことを口に出した。
「「「「はぁ!?」」」」
口をポカンと開けて、その場でしばらく固まった。
「おい、これってどういうことだ? こんなのあったか?」
「前に来たときには、なかったぞ」
「……だよなぁ」
「あそこに並んでるのは、店……なのか?」
冒険者たちがひそひそ小声で話していると、酒場の店主から声がかかる。
「やあ旦那がた、何か飲んでいきなよ。美味い串焼きもあるぜ」
恰幅の良い店主のニコニコ顔を見ても、冒険者たちはまだ警戒を解かない。
「えぇ? ……あぁ、今はいらん。それよりここはどうなってる?」
「どうって、何が?」
「前はこんなふうじゃなかったが、何があった?」
「ああ、そういうことか。それはなぁ……。ちょっと前に、さる高名な神官様がこのダンジョンを訪れてな、その時にこの一帯を清めてくださったんだよ。それでこの広場だけは、モンスターが近づかなくなった」
「……それで?」
「ここは雨風がしのげるし、なぜか明るいだろ? それにあんたらみたいな冒険者が結構出入りしてるし、商売をするにはもってこいかと思ってな。それで店を構えているわけさ」
「おっ……、おぅ。なるほどな」
冒険者たちはまだ納得いってない様子だが、危険がなさそうだということは分ったらしい。
「どうする?」
「ノドも乾いてるし、ちょっと寄ってくか」
「だな」
「串焼きくらいなら腹に入るだろ」
「おい、おやじ席は空いてるか?」
「もちろんでさぁ」
満面の笑みの店主が冒険者を店に案内した。
一カ月ほどすると、冒険者たちの口コミによって、ダンジョン内の謎の集落のことが街の住民にも知れ渡ることになる。
食堂で出される料理が街のものよりも数段美味くて安いとか、アイテムの買取価格が街よりも高いとか、宿屋も安く泊まれて温泉に入り放題だとか。
噂を聞いて半信半疑でやって来た冒険者たちが、キツネにつままれたような顔をさらし、その顔を見て、先に来ていた常連の冒険者たちが笑うということがしばらく続いた。
そうこうするうちに、冒険者たちにとってこの集落の存在が欠かせないものになっていた。
それからしばらくすると、ダンジョンの外にもちょっとした集落が出来た。目ざとい商人たちが露店を開き、宿泊施設まで作り始め、それが集まって集落になったようだ。
彼らは本当はダンジョン内に店を作りたかったみたいだけど、それは僕の力で阻止させてもらった。僕のダンジョンを他人の好きにさせるつもりはないからね。
ダンジョンの外でも、僕のダンジョンのおこぼれにはあずかれるようで、それなりに繁盛しているようだから驚いてしまうよ。
少しすると、冒険者だけじゃなくて、もっと多くの人で賑わうようになった。
旅人や行商人が旅の途中で立ち寄るだけでなく、街の住民までもが観光でやって来るようになったんだ。もちろん彼らの目当てはダンジョン探索ではなくて、食事だったり温泉だったりする。
ダンジョンの外の集落で暮らしながら、ダンジョン探索をする冒険者も出てきた。彼らは今までの冒険者たちよりも、もっと深い場所までやって来るようになった。
『ちょっと予想外な方向へ行ったけど、目的がかなったから良し』
ダンジョンの外の集落は、すぐに村になり、町になっていった。
ちょっと前までは三角山というと、僕のダンジョンがある小高い丘のことを指していたけど、最近は町全体を指す言葉になっていた。
『まさか町ができることになろうとは……』
ちなみに、僕が作ったダンジョン内の集落は、ダンジョン市場と呼ばれるようになった。