21 ダンジョンの改修開始
翌日。
アルテシアのダンジョン改修が始まった。まずは瞬間移動阻害の穴を埋めるという。
「具体的にはどうやるの?」
「各階に埋め込まれておる魔術回路を解析して、新しいものに書き換えて行くのじゃ。ふわあぁぁぁぁ」
両目の下に黒いクマを作ったアルテシアは、あくびをしながら眠そうに答えた。一方アルテシアの世話をしているカリンは、肌艶も良く元気そうだ。彼女たち二人が昨晩遅くまで何をしていたのかは聞かないでおこう。
「結構地道な作業になるね」
「まぁ普通に考えればそうなんじゃが、ほとんどの作業は魔法で自動化できるからの、いうほど大したことじゃあない」
「ふぅん。でもあれだ、ダンジョンの魔術回路を書き換えてしまったら、シグレにあげたペンダントは使えなくなるのかな」
僕の言葉にシグレが少し悲しそうな顔をする。
「大丈夫じゃ。ちょっと貸してみよ」
シグレはアルテシアに渡すことを迷っていたが、アルテシアが目にも止まらぬ早業でペンダントを奪い取った。
「あっ!」
アルテシアは奪い取ったペンダントに向けて小さく呪文を唱える。ペンダントがぼぅっと薄緑色に光ると、中に埋め込まれていた魔術回路が浮かび上がった。
「……ふむふむ、ここをこうじゃの」
アルテシアがブツブツ呟きながら魔法で魔術回路の一部を書き換えた。
「よしできた。これで今まで通り使える」
「あっ、ありがとうございます」
シグレはペンダントを返してもらうと、胸に抱えてうれしそうな顔をした。
「でも、シグレのペンダントが使えるってことは、新しい穴が開いてるってことじゃない?」
僕はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「ふむ、なかなか良い指摘じゃが、少し違う。今までは誰でも素通りできる大穴が開いておったんじゃ。その大穴を頑丈な扉でふさぎ、そこに強力な錠前を取り付けたと思えばよい。例えるなら、シグレのペンダントはそれを開ける鍵ということじゃ」
「なるほどねぇ。でも、その錠前が破られるってことはないの?」
「その可能性はなくはないが、砂漠から一粒の砂金を見つけ出すよりも難しいじゃろうの」
アルテシアはニヤリと不敵に笑った。
「さすがはアルテシア、千年以上も魔法を研究してるだけのことはあるね」
「フフン、そうじゃろうそうじゃろう。もっと褒めるがよい」
アルテシアは腰に手を当て得意顔だ。
「アルテシア様、さすがでございます」
カリンはそう言うと、ウットリとした目でアルテシアを見る。
その様子を見て、シグレは何とも言えない複雑な顔をした。
「さてさて、一仕事してくるかの」
そう言ってアルテシアはカリンを伴って、ドタドタと出て行った。
今から地下一階から順に、魔術回路の書き換えをするのだ。
「朝から騒がしい人です……」
シグレがほっと溜息をつく。
「まぁ、このダンジョンのために働いてもらってるからね。多少は大目に見よう」
「でもムサシ様、あの人は私のことも下品な目で見てくるのですよ」
シグレは眉を八の字にして困り顔だ。
「ハハハ、シグレが困るとは珍しい。アルテシアはそういう趣味らしいからね。元からそうなのか、長く生きたせいで歪んでしまったのかわからないけど」
「私は遠慮いたしますわ」
少々ご機嫌斜めの様子だった。
僕がたちがいつものように楽しくおしゃべりしていると、アルテシアが慌てた様子で戻ってきた。
「ムサシよ大変じゃ!」
何事かとシグレも立ち上がる。
「何かあったの?」
「ムサシよ、もう10時を過ぎておるではないか! おやつの時間じゃ」
「……」
「あなた、ムサシ様に失礼ですよ」
シグレが能面の様な顔で抗議する。
「ふん、そういう約束じゃ。嫌なら……」
「まぁまぁまぁ、確かにアルテシアのいう通りだな。はい、どら焼き」
以前僕もよく食べていたどら焼きをアルテシアに出してやる。
ちなみに、こういったお菓子のたぐいはダンジョン市場では提供していない。売りに出せばたぶん大人気になるんだろうけど、他の食べ物を出すので手一杯なのだった。
「おぉ!? これは昨日のとは違うのじゃな。ハム……むむっ! ハムハムハム……」
アルテシアはあっという間に、手のひらサイズのどら焼きを平らげてしまった。
「これはこれで美味い。上品な皮の甘みと中心部の濃厚な甘み、味に変化が付いておって癖になる。もう一つじゃ」
「お茶もどうぞ」
温かい緑茶も一緒に出してやる。
「茶か。お主、気が利くではないか。おぉ、茶の渋みと菓子の甘みが上手く調和しておる。ムグムグムク……゛、もう一つじゃ」
アルテシアは昨日の食べ過ぎに懲りたのか、今日は10個に控えていた。