19 アルテシア
「どうじゃ、私の話に興味はないか?」
エルフの少女は口の端を釣り上げて笑った。
「シグレ、もういいよ。敵意はなさそうだ」
「しっ、しかし……」
「彼女なら、僕たちに気づかれずに攻撃できたはずだ」
シグレは少しの間迷っていたが、しばらくすると、僕たちとエルフの少女を隔てていた透明な壁が、音もなく消えた。
「話が早くて助かる」
エルフの少女が僕たちの方へゆっくりと近づいてきた。
シグレはまだ緊張を解かず、彼女に厳しい視線を注いでいる。
「私はアルテシア、この世界で千年以上、魔法の研究をしておる」
アルテシアの好奇心の強そうな銀色の瞳が、シグレをゆっくりと嘗め回したあと、僕の方を向いた。
「僕は霧島武蔵、このダンジョンを運営している者だ。ムサシと呼んでくれて良いよ。僕の隣にいるのは、側近のシグレ」
「ムフフ……、サキュバスかぇ。ムサシよ、良い趣味をしておるではないか」
アルテシアがとても少女には真似できない下卑た薄笑いを浮かべる。せっかく綺麗な顔をしているのに、何もかもぶち壊しだな。
「何だよそれ。まぁ、自慢の側近なのは確かだけどね」
シグレは居心地が悪そうにもじもじしている。
「ふん、まぁ良い。ところで、お主も別な世界から来たのじゃろ?」
「えぇっ!? 『も』ってことは、アルテシアもそうなの?」
「いいや、私は違う。ダンジョンコアの話じゃ。年を経たダンジョンコアは時として、それ自身が自我を持つことがあっての、たいていが別な世界の記憶を持っておるのじゃ」
「マジで!?」
「マジじゃ。お主の様子からすると、やはりそういうことなのじゃな。私は魔法研究の傍ら、別な世界の話を収集しておるのじゃ。ムサシよ、お主がいた世界の話を聞かせてくれ。代わりに私は、お主らに役に立つ話を聞かせてやろう」
「じゃあ、ロッカー山脈のダンジョンコアも、異世界人だったってこと?」
「そうじゃ。奴は無口でな、あまり多くを語らなんだ。500年ほどダンジョンコアとして生きたが、晩年はやる気を失っておった。精神を病んでおったのかもしれん。ダンジョンコアとしての力もほとんど無くし、弱っておったところを勇者どもに破壊されたのじゃ」
「ふ~ん。僕もいずれそうなるのかね」
僕はまるで他人事のように呟く。
アルテシアはしばらく真面目な顔で僕を凝視してから僕の呟きに答えた。
「どうじゃろうの。お主は大丈夫な気がするが……。奴は生真面目すぎたのじゃと私は思う」
「ではムサシ様は大丈夫です!」
なぜかシグレが満面の笑みで太鼓判を押してくれた。
「そっか。シグレが言うなら大丈夫だね」
「なんという、適当な奴じゃ……。それは良いとしてムサシよ、そろそろお主のいた世界について話してくれんかの」
「よしきた!」
椅子を二つ出して僕の前に置く。
「長い話になりそうだからね。まぁ座って」
シグレとアルテシアを座らせると、僕は頭に浮かぶままにあれこれと話し始めた。僕の記憶があいまいな部分はシグレが補足しながら、何時間も話をした。
アルテシアは銀色の瞳を輝かせながら、時に質問を飛ばし、時にうなずきながら話に聞き入った。よほど新しい情報に飢えていたらしい。
「――つまりムサシよ、お主はごくつぶしじゃったわけか?」
アルテシアが心底あきれた顔をして言った。
「いやいや、僕は収益化したUootubeチャンネルを持ってたからね。だかられっきとしたUootuberだよ。映像作家と呼んでくれたまえ」
「じゃが、まともな実績を出す前に死んでしまったわけじゃろ? それまでずっと、親のすねをかじっておったのは事実であろうが。しょうもない見栄をはるでないわ」
「あなた! ムサシ様に失礼ですよ!」
シグレが立ち上がって、アルテシアに抗議する。
「まぁ、あれだ。そういう見方もできると言えばできるかもね」
「普通に見ればそうじゃろうが……。まぁお主の前世の職業はともかくとして、お主のいた世界について大雑把には分かった。細かいことは、その都度聞かせてもらうとしよう」
「僕はいつでも構わないよ。ところで、アルテシアが最初に言ってた、伝えたいことって?」
「おぉそうじゃ、忘れておったの。お主の作ったこのダンジョンは素晴らしいものじゃ。規模といい複雑さといい壮麗さといい、私がこれまで見てきた何十ものダンジョンと比べても群を抜いておる」
「シグレにも手伝ってもらったからね」
僕の横でシグレは鼻高々といった様子だ。
「しかしじゃ。私はいともたやすく、ここまで侵入できた。なぜじゃと思う?」
アルテシアはいたずらっぽい笑顔で僕に尋ねた。