17 魔術回路
「ダンジョン内の照明を灯したり、罠を動かしたりって、魔力を使ってるわけだよね?」
「はい、そうです」
今日も僕はシグレと雑談を楽しんでいる。基本的に他にやることがないからね。今僕が直接かかわっているのは、ダンジョン市場関係が少しとドワーフたちのことくらい。
ダンジョンそのものの運営は、何か問題が出ない限りは勝手に回るように管理体制を整えてある。
以前は、必要に応じて魔物や悪魔を召喚して適宜配置していた。それぞれの場所でモンスターたちがバラバラに動いていた感じだ。彼らは全て僕のしもべで、僕の支配下にあるけど、有機的なつながりはほとんどなかった。
でも今は、綺麗なピラミッド型の組織が出来上がっていた。こういった組織編制に関してはシグレの功績が大きい。というか、僕はほとんど何もしていないんだけどね。
「ということは、魔力は電力なんかと同じで、エネルギーの一種ってこと?」
この世界に来て魔法を使いまくっているのに、僕は基本的な原理を良く知らなかった。
まぁ、いろいろ忙しくて、そんなことを気にかける余裕がなかったというのもあるし、そもそも僕一人で考えたところで答えなんかでないというのもある。
剣と魔法のファンタジー世界だし、理屈を考えても仕方がないと思っていたし。
でも今は超絶物知りなシグレがいつも一緒だから、たいていのことは聞けばすぐに答えてもらえるのだ。それこそ、ネットにつながった高性能PCが手元にあるような。いや、もっとスゴイ何かだな。
「その通りです。電力は電気の素が空間を移動することで発生するエネルギー、魔力は魔素が空間を移動することで発生するエネルギーで、性質が良く似ていますね」
「ということは、電子回路のようなものを作れば、魔法をが使えなくても魔力を扱えるのかな」
「さすがは我が主、ご明察の通りでございます。ムサシ様がお作りになる魔法のアイテムには、高度な魔術回路が組み込まれているのです」
シグレは僕が彼女に作ってあげたペンダント(瞬間移動の阻害をキャンセルする機能がある)を胸元から取り出して、ウットリとした目で見つめた。それはシグレのお気に入りのアクセサリーになっていた。
「なるほどね。じゃあ、ドワーフたちの作る魔法の武具なんかも同じなの?」
それを聞いたシグレは難しい顔をして答える。
「原理的には同じですが、あの者たちが作る物はまだまだ粗野で下等なものですわ。ムサシ様がお作りになる素晴らしい一品と比べれば、まさにゴミくずの様なものでございます」
「……そっ、そうか」
シグレの僕以外へ向ける目は、相変わらず氷のように冷たいのだった。同じダンジョンの住人同士、仲良くしてもらいたいものだけど、なかなか難しいのかもしれない。
僕の目から見ると、ドワーフたちの剣や鎧だって相当に出来が良い。実際、ダンジョン市場の武器屋では物凄い人気アイテムで、遠方の大商人がわざわざ買い付けに来るくらいだから。問題は、ドワーフたちがちょっと作りすぎてしまい、置き場所に困っているんだけど。まぁ、それは出来とは別の話だね。
ともかく、僕は今まで「なんとなくこんなやつが欲しい」と機能をイメージしながら、アイテムをポコポコ作っていたけど、それは思っていた以上に高度な仕組みだったらしい。魔術回路のことなんか何も知らないのに、思い通りの物が出て来るんだからスゴイよね。
僕の思考を読み取った神様的な誰かが、汗をかきながら苦心して作ってたりして。
「ぷぷっ」
妙な光景を想像して、思わず吹き出してしまった。
「どうかなさいましたか、ムサシ様」
シグレが首をかしげて不思議そうな顔をする。
どんな表情をしても実に美しく可愛らしいけど、こういう顔は特に良いなぁ。僕に肉体があったら間違いなく問題が起きていただろうけど、無機質なダンジョンコアである僕は、冷静にシグレの容姿を愛でるのだった。
「いや、ちょっとした思い出し笑いだよ。それにしてもシグレとおしゃべりしてると、なんか頭が良くなったような感じがするよ。考えがまとまるというか」
「それはムサシ様が元々優秀だからですわ。私はほんの少しの助言をしているにすぎませんから」
「はっはっは、シグレはお世辞が上手いよ。まぁそれはそれとして、さっきの話の続きなんだけど、魔法のアイテムを作るときに魔術回路を直接イメージすれば、もっと効率の良いものが出来たりするのかな?」
「理論的にはその通りかと思いますが、ムサシ様がそのような泥臭いことをする必要はないのではないでしょうか。今現在、苦労することなく素晴らしい魔法のアイテムをお作りになっているわけですから」
「確かにそうなんだけどね……」
なんというか、物の仕組みを知りたい、と考えるのは男のさがなんだろうか。そういえば子供のころ、機械式の目覚まし時計を意味もなく分解したことがあったな。結局、元に戻せなかったっけ。
ともかく今は、仕組みの良く分からない便利アプリを使いこなしている感じなんだよね。それって、何かトラブルが起きた時に困らないかな。それがちょっと不安なんだよね。
仕組みを知って、一から自分でプログラムを組めた方が何かと対処できると思う。以前の僕なら、そんな技術の習得は時間の無駄だって考えただろうけど、今の僕には時間制限がないからね。
「シグレは魔術回路のことは詳しい? できれば教えてほしいんだけど」
「いいえ、詳しくは存じません」
シグレは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そっか、じゃあいいよ。物知りなシグレでも、知らないことがあるんだな。はっはっは」
そのあと魔術回路つながりで某アニメの話をしたりしながら、シグレと楽しくおしゃべりを続けた。