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最終話

 前半部分が聖女の呪いでがっつり消えていました。ので復活させました。


 なんで消えたのかが疑問ですが・・・。ん?誰か来たようです、ちょっとお待ちを……ウワナニヲスルヤメ

 国王は頭を抱えていた。今、国は大混乱している。


 はじまりは聖女への虐待だった。

 聖女反対派の存在は、政治にかかわる者ならだれでも知っている。これは貴族の令息が若いうちにかかる流行り病のようなもので、何十年か置きにぶり返す一過性のものだ。実際に政治にかかわるようになれば、聖人聖女のありがたみが身に染みて分かるようになる。実際に国王もその前の王も、ほとんどの貴族が若い時に軽くだが、聖人聖女不要論にかぶれている。

 だから把握はしていても誰も問題視はしていなかった。それにまさか、王に聖女降臨を知らせずに隔離するなど、それに第2王子が関わった上、聖女を虐待死させるなど、完全に想定外だった。

 

 あの日、第2王子エリオットが真っ青な顔で国王の元に飛んできて、大変なことになったと報告した時、国王も目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。


 かつて、この国が滅びそうになっていた時、どこともなく現れた異邦人によって、この国は救われた。言い伝えの一つにはその時の国王がなんらかの術を行い、『神』から救いの手を貸してもらったという話もある。だから彼らは神の代理であり、大切にしなければならない存在だと。この話はこの国の者ならだれでも知っている話だ。それを、よりによって王子が破ってしまった。


 しかも聖女は我々にはわからない言葉を残したが、どうとらえてもいい意味では無いのは分かる。本来ならばその怒りを鎮めるためにも、かかわった者たちはすべて処刑に処すしかないのだが、今回の聖女降臨はごく一部の者しか知らなかった。それを公にしてしまったら、国民の動揺を引き起こしてしまう。ただでさえ『聖女降臨イコール災害が起きる』なのだから。

 

 何度も大臣たちとも話し合い、今回は内々で納めることにした。なにせ各大臣の令息たちも多くかかわっていたから、全員が大事にしたくなかったのだ。とはいえ処罰は与えなければ『神』の怒りを買うかもしれない。

 この件にかかわったもの全員に、無期限の謹慎と後継者としての資格をはく奪することにした。第2王子も例外ではない。

 聖女の遺体はビリキーナ嬢に清めさせたうえで、トラスチェンドラ伯爵家の者として、しめやかにだが盛大に心を尽くして埋葬した。関係者貴族全員と、お忍びで王家も参加した。その墓守は、もう一人の首謀者マテンツィオにはビリキーナと結婚させ、二人で担当させることとした。

 

 聖女の事件に関わった者の処分は、表向きはビリキーナが令息たちを誘惑し、他の令嬢の怒りを買ったからという事にした。実際に反聖人聖女派の令息たちは、ビリキーナと非常に親しくしていたので、彼らの婚約者の怒りを買っていた。その処分という事にすれば何とか対外的にはごまかせるだろう。第2王子は『領地経営の手腕を買い』、辺境の地へ着任させた。


 これで真実に気が付く一般の国民はいないだろう。


 関係者全員の自宅謹慎が始まり、元第2王子エリオットが王都を出発したことで、国王は少しだけ安堵していたのだが、直後から新たなる悩みが始まる。


 まず、第2王子エリオットが行方不明になった。初日の夜に泊った宿から馬車で出たのは確かだが、その馬車が忽然と消えたという。前後を護衛が固めていたというのに、馬車だけが忽然と。

 もしかしたらマテンツィオとビリキーナの手引きなのでは、とすぐに両家に使いを出すと、なんと二人とも、自宅謹慎直後から行方不明なのだという。

 

「何をふざけたことを言っているのだ! すぐに調べろ! 絶対にどこかに隠れているはずだ!」


 国王は激怒して警備局にそう命令した。もう内密になどと言っていられない。手配書も用意して王都内をくまなく探させた。


 だが3人の行方は分からなかった。しかも他の関係者たちも謹慎していた部屋から忽然と消えていた。集団で逃げ出したなら、必ず目撃者がいるはずだが、まったく情報が入らない。

 イライラと情報を待つ国王の元に、さらなる情報が飛び込んできた。


「王都周辺で井戸が枯れている?」

「はい、まだ完全に枯れたわけではありませんが、これが続くと生活用水が足りなくなる可能性が高いです」

「何があったというのだ!」

「分かりません、数日前までは問題なかったのですが、2日前からいくつかの井戸で水量が減ったという報告がありました。それが一気に広がってしまったのです」

「すぐに調査しろ! 科学院と土木院、必要なら他の院も使え!」


 第2王子失踪と時を同じくして始まった異変は、1週間後には、被害は全土に広がり始めた。そうして各院が総力を挙げて調査中だが、原因が全くわからないという。少なくとも天候が原因ではない。もしかしたら地下の水脈が変わったのかもしれない、という説が報告されたが、それで全国土がいっぺんに干上がるわけがない。


 そんな程度では報告にならん、と国王はイラつきながらさらなる調査を指示した。それに第2王子と反聖女派の者たちの行方もようとしてしれない。まさか、彼らが何かをしたのでは? とちらりと考えたが、彼らにそんな知識は無い、とすぐに思い直した。


 それにしても一体何が起きているのか、と国王は頭を抱えた。


 

 幸運だったのは、井戸は枯れたが川や泉などの水源は枯れなかったことだ。手間はかかるがそこまで行けば水は手に入る。国民は必要な水を毎日水源まで汲みに行くことを余儀なくされた。


 そして井戸が枯れたことで農作物にも被害が出始めた。


 2週間後にはそこまで水が必要とは思われていなかったジャガイモが枯れ始めた。葉物野菜よりも被害が大きい。みるみるうちに枯れていくという。ジャガイモは今やこの国の主食で名物料理だ。それが取れないとなると大打撃を受ける。井戸水調査と並行してこちらも調査チームが全国に派遣されたが、原因は分からなかった。


 さらに悪い事は続いた。山の中腹にあった塩湖周辺で地崩れが起きた。塩湖は完全に崩壊したうえに、そこから水が噴き出した。水不足に状態だったので一瞬誰もが喜んだが、すぐに喜んでばかりはいられないと気が付いた。


 この国には海がない。この国の塩は、塩湖でしか取れなかった。さらには、海の塩と山の塩は多少成分が違う。塩を伝えた聖女が、製法は全世界に渡すべきと惜しげもなく製法を広めたため、この世界では今やどこでも塩は取れる。だが山で採れる塩はここだけで、それを売りにしようといったのも聖女だ。その戦略は当たり、海の塩の5倍以上の値段で、塩湖の塩は売れていた。おかげで塩は一大輸出物であり、普通の塩も安く輸入出来ていた。

 崩落しただけなら、その塩がこびりついた周りの土砂を精製すれば、しばらくは塩が手に入るだろう。しかし吹き出した水は真水で、それらが土砂の塩分を薄めてながら川となって平地に流れ込んでしまっている。今の内ならば上流で塩が取れるかもしれないが、地崩れの影響で近づけない。そのうちに薄まってしまう可能性が非常に高い。

 貴重な山の塩。その貴重な外貨獲得源が無くなってしまうのだ。すぐには生活に影響は出ないが、大きな痛手となる事は間違いない。


 度重なる異変に国民は大きな不安に駆られていた。どうしてこんな危機が続いているのに聖人聖女が現れないのか、という声も日に日に大きくなってくる。


 現れるわけがない。その聖女はすでにこの世にいないのだから。


『お前たちを、この国を、呪い続けてやる』


 国王の頭の中で響く、聖女の最後の言葉。この大陸の東の方に『呪い』という言葉を使った国があり、死の際に『不幸になるように強く願う』という意味が分かった。


「王様、これが聖女様の『呪い』なのでしょうか」

「……もしくは、これらを治めるために降臨された聖女だったか」


 呪いならば、聖女の怒りが収まればなんとかなるかもしれないが、この異変のための降臨だったのなら、聖女がいない今、この騒ぎは収まらない。収められたとしても時間がかかるだろう。国王は頭を抱えた。

 せめて第2王子と反対派の居場所さえわかれば。聖女の怒りが収まるのなら、今からでも全員の首をはねるものを。


「それを察知して、逃げだしたのかもしれません」

「そんな頭があるのなら、最初から危害など加えなければいいものを! なんにせよ、謹慎していろという命令を無視したのだ。捕まえ次第厳罰に処す!」


 国王のいら立ちは頂点に達しようとしていた。


 異変が始まってひと月。連日、庶民が集団で聖人聖女はどうした、何故現れない、何とかしてくれと城に嘆願に押し寄せている。

 聖人聖女協会にももちろん人が押し寄せている。協会では祈りましょうと宥め、連日祈りの儀式が行われている。だが状況は変わらない。


 ここで第1皇子ロベールが立ち上がった。第1皇子個人名義で備蓄していた食料のうち、ジャガイモを中心に足りないものを配給したのだ。おかげでしばらくは国民を飢えさせる事無く乗り切れる。ただ第一皇子の個人的な備蓄だから限りがある。そこでロベール王子は、一人分として配給される量は、一般人も貴族も国王も一律という強い規制を敷いた。

 貴族からは足りないと強い反発が起きたが、国民を飢えさせるつもりか! というロベール王子の一喝で黙るしかなかった。


 ロベールは聖人聖女を崇拝しており、彼らの業績を何度も何度も読み、自分なりに研究を重ねていた。その中で食糧危機が訪れた時のために、と過去の聖人が残しておいた資料から、備蓄という考えに共感し、第1皇子の責任により、毎年保存のきく農作物を備蓄していたのだ。

 毎年備蓄物が痛む前に格安で売りに出したため、一部庶民に好評だったが、放出量が少ないために広くは知られていなかった。それが一気に広まり、ロベール王子の人気も急上昇していった。


 さらに第一皇子は川から水路を引く、という対策を打ち出した。川の氾濫を抑えた聖人が残した資料の中に、水路を作る手法が載っていたのだ。いままでは井戸があったから必要がなく、古い資料なので知っている人もすでにいなかったが、聖人聖女崇拝な第1皇子は、幼少時から彼らの残した資料を読み込んでいたおかげで知っていたのだ。

 多少時間はかかるが、個人がそれぞれ水を汲みに行くよりは整備したほうが、将来的に使えるようになる。

 そう大臣たちも説得し、先ずは試験的にと川に近い街に水路を引き始めた。

 食料問題を解決してくれた第1皇子の提案という事で、街の人々も協力して3週間程度で簡易的だが水路が完成した。

 水もうまく流れ、一日の大半を水汲みに費やしていた街の人達も大喜びだった。この成功をもって、全国に水路を整備することになったのだ。


 そうして何とか異変に対応しはじめ、国民も落ち着き始めた頃。さらなる驚愕の情報が国王にもたらされたのだ。


***


「国王! 1か月前に行方不明になっていた、エリオット様が発見されました!」

「見つかったか! 無事なのか!? どこにいたのだ!」

「いなくなられた付近の街道で、馬車の中で発見されました、お命は無事です!」

「命は無事?」

「それが……」


 エリオットは、初日に泊った街から出た街道沿いの道端で、馬車だけが、馬も御者もいない状態で放置されていた。王都から離れているとはいえ大通りなので、そんなところにそんなものがあれば目立つ。通報を受けた警備員が駆け付けると、馬車の扉に小さく王家の紋章が入っていた。仰天してすぐに扉を叩いて声を掛けるが、返事がない。

 これはただ事ではないと、慎重に、しかし迅速に扉を壊して開けた。中の人をそれで傷つけたら処罰ものだが、人命には代えられない。

 

「エリオット様は馬車の中で衰弱しきっていましたが、息はありました。すぐに街に運び、手当てを開始しております!」

「おおお……!」


 何があったのかは知らないが、とりあえずは命が助かって良かった。だが同時に面倒な事にもなった。領地に向かったはずの馬車が何故、そんな近くで見つかったのか。御者と馬はどこへ行ったのか。何故1か月も見つからなかったのか。

 それでも無事に見つかった事に国王が安堵していると、さらに緊急の連絡が入った。


「国王、行方不明だったビリキーナ嬢とマテンツィオ卿が発見されました!」

「どこにいたのだ!」

「それが、二人とも自宅の自室で発見されたのです!」

「なんだと!?」


 あり得ない事だった。二人の屋敷には、王城警備員も派遣して、屋敷中を徹底的に捜索していたというのに。


「あれだけすべてを探したのに、自室に隠れていたというのか!」

「そうとしか……」

「居なくなったはずなのに、いつの間にか、どこからともなく帰ってきたといいたいのか?」

「そ、それは……」

「それで。二人ともなんと説明しておるのだ?」

「それが二人ともすでに死亡しておりました」


 発見された時の状況は、二人ともほぼ同じだった。


 いきなり朝、封鎖されている令息、令嬢の部屋から大きな物音が何度も響いた。使用人からの報告を受けて急いでそれぞれの伯爵が部屋を開けると。


「部屋はめちゃめちゃになっていました。カーテンはすべて破れ、置いてあるものは倒され、落とされ、踏みつぶされていました」


 いなくなった時も、ふたりの部屋にはそれぞれが暴れた跡があった。それは捜索後に綺麗に掃除されていたのだが、今回見てみると絨毯のあちこちにスープの痕らしきシミがいくつもできていた。しかも置いてない水が、つい先ほどこぼれたかのように絨毯の一か所はぐっしょりと濡れていた。


「報告によると、お二人とも、窓の近くでまるで干からびたかのような姿で見つかりました。服装も失踪前日に着ていた服のままで」

「……なに?」


 ビリキーナは半裸に近い恰好で絶命していた。干からびた皮膚でもわかるほどのあざが全身にあり、手足を骨折していた。まるでありとあらゆる暴行を受けたかのように。


 マテンツィオもまた、ひどい暴行を受けた跡があった。素人が見ただけでもわかるほどの手足のみならず肋骨までも骨折しており、手と足の指まで折られていた。服は着ていたがビリビリに破れ、血と埃で汚れ切り、扉の近くで絶命していた。

 

 二人ともミイラのようになった顔には恐怖の表情を浮かべていた。


「……いつ、亡くなったのだ?」

「現在、検視中ですが、それほど前ではないようです」


 そして次々に行方不明になっていた、他の令息たちの発見と死亡も確認された。全員が消える前にいた自室で同じように発見されている。


 国王はすぐにエリオットの容態を確かめた。そうして発見された他の令息たちと同じように、骨と皮と言えるほどにやせ細り、干からびているという。ただ、暴行などはされておらず、かろうじて息はあった。


「すぐに息子の元に向かう!」 


 エリオットが生きているのなら、何があったか確かめられる。何があっても死なせるものか。


 考えうる最速で国王とロベールは、エリオットが運び込まれた街の病院に到着した。医者はすでに王都からも派遣されている。


 そうしてベッドに寝かされているエリオットを見て、国王と第1皇子は息を飲んだ。


 生きているのが不思議なほどにやせ細っていた。骨格標本に皮が付いているような状態だった。落ちくぼんだ腹が、薄く上下している事で息をしているのがわかる。しかしそれもいつ止まってもおかしくないように見える。


「エリオット! 聞こえるか! しっかりしろ」


 国王がその手を握って大き目の声を掛けると、エリオットの目がうっすらと開いた。周りの医師は今まで無反応だったのに、と驚いている。


「何があったのだ!」


 しかし口は動くが声は出ない。ロベール第1皇子が医師に水を要求すると、脱脂綿に水を浸したものを渡された。それを唇に当てて、水を含ませる。

 それが刺激になったのか、エリオットの目に光が灯り、国王と目を合わせた。


「もう大丈夫だからな? 安心しろ」


 エリオットはそれにこたえるかのように唇を動かした。その動きをロベールが読み取る。


「……『せ、い、じょ、が』聖女が? ……『み、て、い、る』見ている? おい、何を……、ああ、まて、死ぬな!!」


 エリオットは言い終わると、そのまま息を引き取った。


***


 行方不明だった第2王子発見の話は、国中にすぐに伝わった。何せ隠しようがない場所でみつかったのだ。運び込まれた病院にも一応は情報漏洩をしないように伝達はしてあったが、居合わせた庶民の口まではふさげなかった。

 令息たちの死は公表せずに済んだが、第2王子エリオットの死亡は公表せざるを得なかった。死因は不明としか発表できなかった。


 エリオットを除いた全員が酷い暴行を受けて、衰弱しきって死亡していた。その姿は、あの聖女が無くなった時と同じ姿だったのだ。

 国王は聖女の死が彼らの死に関連していると考えざるを得なかった。それが呪いというものは分からないが、聖女が彼らに復讐したのだと思った。

 エリオットは彼女の死に直接の関係はなかったから、最後まで生かされていたのだろう。まるで発見された聖女が、国王たちに最後の言葉を残したのと同じ状況だったのだから。


 『聖女が見ている』の意味は分からないが、エリオットには聖女がいるのが見えたのかもしれない。何にせよ、処分を免れたと思われていた反聖人聖女集団は、全滅させられたのだ。


 それでもこれで聖女の怒りが静まるのならそれでよいと、関係者の誰もが思った。本来、処刑になるはずだった者たちだ。聖女の死を表に出せないから軽い処分になっていただけで、それが本来の処分になったと思えば。エリオットの葬儀もできるだけ質素に行った。代わりに第1皇子が使用した水路の技術に対しての感謝祭を大々的に行った。それにより聖女の怒りも和らぐことを期待した。

 何にせよ、これできっと異常現象は収まるに違いない。そう全員が考えていた。


 しかし水路が完成して水問題が解消した地域でもイモは復活しなかった。それどころか、他の農作物も枯れ始めた。各街にあった温泉も湯が出なくなったし、魔物を遠ざけるはずの植物の効果も薄れてきた。

 魔物除けは第1皇子が過去の聖人聖女の文献から植物を煮詰めて撒くという対策を講じて、何とかその場はしのいだが、温泉や枯れた植物は元に戻る事はなかった。


 そしてこれだけ異変が起これば、国民もいぶかしく思う者が出るのは当然のことだった。


「イモに温泉、塩、魔物除けの植物って、すべて聖人聖女様によってもたらされたものじゃないか?」

「ああ。それに、聖人聖女反対派だって噂の第2王子とその一派が、まったく姿を現さなくなった気がするんだが」

「エリオット様は先日亡くなっただぞ。王族なのにそりゃあ質素な葬祭だったじゃないか」

「そういえばそうだな。新聞の隅にちっさく載っていたな。なんでなんだ?」

「ここだけの話だが、エリオット様は領地に向かう途中に行方不明になった挙句、怪死したって話だぞ」

「あれだろ、街の街道沿いにいきなり馬車だけ現れたっていう。あれ、俺の知り合いの友達の知り合いに、通りがかって中を覗いたものがいて、中に人が倒れてたから救助呼んだんだってよ。そしたら、中にいたのは骨と皮ばかりの男で、どうやらそれがエリオット様だったって話だぜ」

「ええっ、あの近くの街の病院に運ばれたっていう、あのガリガリ男が第2王子だったのか!?」

「あ、俺の嫁さんの友人がある貴族の家で働いててさ、そこの令嬢も自室で行方不明になったあげく、何か月か経ってから、自室でボロッボロになって見つかったって話だぜ?」

「ちょ、おい、いいのか、貴族の家の内情なんてバラしちまって!」

「いや、結構周りは知っているらしいぜ。居なくなった時に家じゅう探し回ったし、その婚約者の家も巻き込んで大騒ぎになっていたらしいから」

「俺もその話聞いたな。令嬢じゃなくて、令息の方だけど」

「私が聞いたのは、見つかった後にその家で怪奇現象が続発しているって話よ」

「何それ、詳しく!」

「なんでも夜中になると、居なくなった人の部屋から悲鳴とか大きな物音が響くんですって。でも見に行っても何もないんですって! みんな怖がって、辞める人続発しているらしいわよ」

「本当かよ……」

「おい、もしかしてそれ、さっき話に出た、反対派の息子たちなんじゃないのか?」

「いやそこまでは分からないけど」

「っていうか、聖人聖女はどうしたんだよ。こんだけ異変が続いているのに何故現れないんだ?」

「それだよそれ。ロベール第1皇子が水路を作ってくれたし、魔物も追い払ってくれたけど、それが過去の聖人たちの知恵だっていうじゃないか。そんなのを使うほどの事態だっていうのに、なんで本人が降臨しないんだ?」

「もしかして、反対派がなんかしたんじゃないのか?」

「あ! だから、反対派の第2王子が怪死したんじゃ?」

「それなら今までの聖女様たちが作り上げてくださったものがすべてダメになっている理由もわかるな」

「もしかして、もう聖女が降臨しているのに、内緒にしているとか?」

「その程度ならこんな事態にはならないだろうよ。よっぽど反対派に虐待されているとかじゃなければ」


 噂は噂を呼ぶ。何よりも事態は全く改善していない。ロベール王子が必死に踏ん張っているから外交的にも何とかなっているが、イモに続き香辛料類も枯れ果てたとなると、庶民の食卓にも大打撃だ。一時的かもしれないがすべてを輸入に頼る事になり、その分、価格が上がる。

 水路工事に魔物対策で公共事業にも金がかかり、輸入も増えたとなれば、税金も上がる。

結果として国民に負担が押し寄せ、国民の不満は日に日に溜まっていた。


 国としてはまさか、聖女を死なせたと認めるわけにもいかず、エリオットの死は改めて病死であると発表したが、そんな程度では当然収まらない。そこで信用度が激減した現国王に代わってロベール第1皇子が新国王となった。

 これにより人々の期待値も含めて、多少安定したが、結局事態は変わらない。


 野菜と塩も井戸も温泉も枯れたまま。魔物も聖人が押し込めてくれた棲み分け領域からどんどんと出てきている。

 新国王はさらに過去の資料を漁り、崩れた山や岩の処理に使う『爆薬』の製造方法を見つけた。

この『爆薬』には『災害時の人命救助と整地のためにのみ使用可』『人や魔物への使用は厳禁』との注意書きがしてあった。これのおかげで塩湖崩落で出てきた大量の大きな岩の処理が迅速にできるようになったが、ジャン第3皇子がこれに目を付けた。


「ロベール兄上、いえ、国王。これを使って魔物を退治しましょう」

「しかし聖人が魔物への爆薬の使用は禁止にしている」

「国王、今や聖人が設置した防魔林はほとんど効力を失いました。防魔林が効果を表さない以上、このままでは魔物が人里に現れるのは時間の問題です」


 ジャン第3皇子の言い分ももっともだ、とロベール国王は気乗りはしなかったが、試験的にごく一部の区間でのみ、魔物に直接被害が出ない使い方での爆薬の使用を認めた。

 当初は第3皇子も爆破の音と衝撃で魔物を追い払う程度に使っていた。これが上手く行って、魔物が出てこなくなった。

 そこでジャンは新国王に報告せずに、大型魔物の生息地に爆薬を仕掛けてみた。それまで爆薬を埋めて、長く伸ばした導火線に火をつける方式だったものを、短い導火線に火をつけて、爆破する前に投げ込む形に変えたのだ。

 こうすることによって、魔物を発見次第、魔物めがけて投げつけて魔物の近くで爆破させることが出来る。わざわざ人が危険を冒して魔物生息地付近に仕掛ける必要もなくなる。


 これで面白いくらいに大型魔物が倒せた。調子に乗ったジャンは、国王に報告が届いて止められる前にと、伝説の超大型魔物がいるという山のふもとの森に乗り込み、その生息地付近にまずは仕掛けた爆弾で切り崩し、そのあとで、何か大きなものが埋まっている場所に大量の爆薬を投げ込んだ。


 近くの町が揺れるほどの大爆発によって、王城敷地と同じくらいの広さの森が消滅し、付近は魔物の血で染まった。これで超大型魔物も倒せたに違いないと湧きたつ第3皇子一行だったが、直後に山の一部が地滑りを起こした。

 一行は慌てて逃げ出したが、逃げ切れずに大半が呑み込まれてしまった。


 ジャン王子はかろうじて助け出された。

 連絡を受けて国王は、治療中のジャンの元に急いで駆け付けた。説教したい事は山のようにあったが、その姿を見て、ベッドのわきの椅子に座り込み、手を握る事しかできなくなった。


「あに……う……ぇ」

「大丈夫だ、しっかりしろ」


 事故から3日しか経っていないというのに、ジャンは全身のいたるところを骨折しており、痩せこけ、血色の悪いその顔はまるで土気色をしていた。その姿はまるであの聖女のようで、国王は安心させようと張り付けた微笑みの下で恐怖を感じていた。


「あに、うえ。せいじょ、が、みてい る」

「なに?」


 ジャンは細くなった唯一骨折していなかった手を弱弱しく上げ、一点を指さす。振り返ってみても誰もいない。


「すべ、て は、せいじょ の のろ  い」

「おい、しっかりしろ!」


 その言葉を残して、ジャン王子は息絶えた。

 

 国王は悲しみと恐ろしさに震えたが、自分がどうにかしなければこの国は滅んでしまうかもしれない、と、弟の手をぎゅっと握って、その場を後にした。


 もう隠しきれない、と国王は今回降臨した聖女の死を発表した。

 さすがに虐待死させたことは公表せず、降臨してすぐに病死した、という事にした。聖女が何かをする前に亡くなったから、聖女であるという確信も持てなかったことが公表の遅れになったと言い訳をして。

 そしてこの不運続きは、聖女が病死したことによるものであろうと思われる、その不慮の死に第2王子と、親しいものも巻き込まれたと改めて発表した。

 国としての精いっぱいの発表だった。


 国民の一部は納得しなかったが、今までの聖人聖女の記録を使って何とか乗り切るから頑張って行こうという国王の言葉に、国民はすがるしかなかった。


 だが結局この国は崩壊する。


 国王には子供が出来なかった。王家にも親戚筋にも子供が生まれなかった。聖女降臨の前に嫁いだ妹から生まれた令息がいたのだが、彼は幼いうちに亡くなってしまった。

 他の貴族からの養子も貰ったが、王位継承権が確立すると、間もなく全員が亡くなってしまった。


 国王は跡継ぎを諦め、それでも国の存続に奔走した。周辺諸国も今までの恩と援助を惜しまなかった。自分たちは今までこの国の知恵と技術の恩恵を受けていたのだからと。

 だが、一度枯れた作物と井戸は戻らなかったし、魔物の嫌がる植物も効果が弱いままだった。


 しだいに魔物によって土地が荒らされ、人々が国を離れた。

 他国が合併して存続させようとしてくれたが、重要人物が怪死する事件が頻発して、次第に直接手を貸してくれる国は無くなった。

 代わりに国民を引き受けてくれた。それは問題がなかった。


***


 

 聖女の死から50年が経った。あれから国王は何をしても状態が改善しない国の再生を諦め、すべての国民を他国に移住させることとし、それが終わるのを見守った。

 王家も結局全員、早々に没した。生きているのは自分だけだ。


 なぜ自分は聖女の怒りを買わなかったのだろうと何度も考えたが、きっと、自分が聖人聖女を崇拝していたからだろう。その知識を大切に保管し、国民のために使ったから、目こぼしを貰えたのだろう。

『お前たちを、この国を、呪い続けてやる』という聖女の言葉。結局、その呪いで国は亡びるのか。それとも聖人聖女を遣わしてくださる神の怒りに触れたのか。

 国民もすべて国から去った。国を維持していけなくなった。それほどに、聖女の怒りは強かったのだ。


「知らない国に来て、何もわからないうちに殺されてしまったのだから、聖女の怒りはもっともだな。国民には手を出さないでくれただけでも僥倖か」


 王城の屋上で、国王は国土を見渡していた。

 国のほとんどは魔物に乗っ取られた。まるで文献で読んだ、聖人たちが現れる前の状態だ。

 その原因は、弟の第3王子ジャンだった。彼が爆破し、地滑りを起こしたあの山のふもと。ジャンが地滑りだと思ったものは、大量に湧いて出た魔物たちだったのだ。文献を調べてみると、魔物との棲み分けを実現した聖人が、一部の魔物をどうやってかあの山の洞窟におびき寄せ、封じていたのだ。それをジャンが爆薬を使って掘り起こしてしまった。

 自由になった魔物たちにはジャン達を踏みつぶしながら散っていった。そして彼らには苦手となはずの植物も効かず、棲み分けたはずの土地から人間の領域に完全に出てきてしまった。

 仕方がなく爆薬を使用し、何とか住宅街に来ないようにはしたが、おかげで農作地にも大被害が出て、国民からもうこんな土地では暮らせないと隣国への移住者が列をなしてしまった。

 その状態で放置するわけにもいかず、国王は隣国と掛け合い、国を放棄することとした。国民の移動の際にはもちろん護衛を出して、その移動を守り続けた。


 貴族たちも、反聖人聖女の関係者を出した家は没落し、全員が亡くなった。それに恐れをなして逃げ出した貴族もいたが、それでも大半は最後まで国王と国民を支え続けてくれた。彼らももう、他国へ移住している。彼らは最後まで国を守ったとして、他国でも多少爵位は落ちても歓迎されている。逃げ出した貴族は全員平民に落とされた。


 この国には今はもう、国王とその世話係の小人数しかいない。国王は、王の責任として、最後までここの地で暮らすつもりだが、世話係の彼らには手練れの冒険者を護衛に雇ってあり、自分が没し次第、隣国に移住することになっている。


 聖人聖女の知識は、他国で根付いている。とはいえ、この国から発生した農作物は、他国でも最近は実りが悪く、塩以外は徐々に廃れていっているそうだ。さらに全土に井戸と水路は整備されているが、これらも原因不明の崩壊が始まっていると聞く。

 病死だろうと何だろうと、聖女を死に至らしめ、それを隠し、その上すぐに手厚く葬らなかったからだと、国王は全世界から非難され続けた。


「本当に、申し訳なかった。どうか、この土地と、何も知らなかった国民だけは許してほしい」


 国王はしわがれた声でそうつぶやいた。口癖になるほど、ほとんど毎日謝罪し続けてきた。


 もう疲れた。愚かな弟のせいで、国が滅びてしまった。いや。弟一人の動向を把握できなかった自分の実力不足だ。そう言えばジャンもエリオットの反聖人聖女思想に共感していた。だから聖人との誓いを破って大規模爆破などしたのだろう。

 結局、エリオットだけでなく、ジャンも止められなかったのだ。自分にも大いに責任がある。


 そう毎日毎日自分を責め、反省してきた。それももう疲れた。もう許してもらえないだろうか。聖女の怒りは分かるけれど、たった一人の怒りで国を滅ぼすなどやりすぎではないのか。いくらなんてもしつこすぎだろう。執念深すぎる。

 

 そんな事を考えていたら、一人でいたはずの屋上だが、国王は背後に人の気配を感じて、振り返ろうとしたところで、ある事に気が付いた。

 

 弟2人、エリオットとジャンが二人とも言っていた事。『聖女が見ている』。

 今まであれは、聖女が二人の前に現れていて、二人を見ているという意味だと思っていた。エリオットは直接聖女の虐殺に関係しているから恨まれて当然だ。ジャンは聖女の言いつけを破ったから、恨みを買ったのだろう。だから聖女の幻か何かが見えたのだろうと、考えていた。

 自分がここまで生きてこられたのは、ひとえに聖人聖女を尊敬し、過ちを認め、謝罪し続けてきたからだ。

 

 だが今、自分は何を思った? 


 後ろの気配が近づいてくる。従者ならば声を掛けてくるはずだ。足音も立てずに気配だけが近づいてくるなど、よほどの手練れでなければありえない。しかもこの冷気に似た圧迫感は。


 国王は自分の体が自分の意思に反して、少しずつ後ろを振り向こうとしている事に気が付いた。見てはいけない。振り返ってはいけない。そう思っても体は言う事を聞かない。


「申し訳なかった、本当に申し訳なかった」


 冷や汗を流しながらそう呟いてみるが、体は少しずつ後ろを向く。

 目の端に風になびく長い髪が見える。この国にはいないはずの、黒い髪。それは今回の聖女の髪色。


 見ていたのだ。彼女はずっとロベールの側で。ロベールが聖女をどう思っているのかを、ずっと見ていたのだ。自分たち兄弟が死ななかったのは、直接聖女を害さなかったから。

 弟二人がかろうじて生きていたのは、ロベールが聖人聖女崇拝者だったからかろうじて許されていたけれど、「見ている」ことを伝えさせるため。


 考えてみれば、聖人聖女の力とは、その知識だけではなかった気がする。知識は確かにあったが、それだけであんなに上手く物事が回るわけがない。

 例えば魔物を防いだ植物と木。あれは昔からこの国にあった。本当にそれが魔物を防ぐなら、もっと早くに判明していたはずだ。多分、多少の効果はあったのだろう。だが「聖人がその効果を発見したから」それまで以上の効果を発揮した。山の塩も昔から塩辛い水である事は知られていたが、「聖女が発見した」から、イモも香辛料も「聖女が広めたから」あれほど美味くなったのかもしれない。だとしたら、聖人たちの力には、『国にとっての幸運を呼び込み、繁栄させるような作用』もあったのだろう。

 それが今回の聖女では逆転したのではないだろうか。この国に不運を呼び込み、滅亡させるように、その力が作動したのではないだろうか。

 そうだとしても国民を外に出せたのはせめてもの聖女の慈悲で、もしかしたら、自分がきちんと事態を公表し、謝罪し、最後の最後まで彼女に贖罪を続けていたら、自分亡き後ならばこの国をもう一度作り直すことが出来たのかもしれない。

 

 それなのに。

 ああ、私は、なんと愚かだったのだろう。


 

 気配が近づいてくる。そうして自分の体も完全に後ろを向き。






 庭の方から大きな物音が響き、従者たちは聞こえた庭に飛び出した。


 そこには城の屋上にいたはずの国王が、血だまりの中に倒れていた。




 そうしてこの国は滅んだ。その後、誰がこの国を再生させようとしても上手く行かないという。 


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― 新着の感想 ―
怖いよう((( ;゜Д゜)))
結局この国王(兄)も他責で的外れな偽りの反省で王家(上層部)自体が同類でもうどうにもならんかった感。生かされた理由を崇拝してた解釈だが、国王だから国として心から反省し謝罪する機会の猶予なだけでは?贖罪…
すごくスッキリしました!
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