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伯爵令息 マテンツィオ

 

 マテンツィオは婚約者だったビリキーナを恨んでいた。アイツが余計な事を言わなければ、聖女不要論はただの愚痴で終わったのだ。

 それをアイツがみんなを焚きつけるから! オレまで謹慎させられるはめになったじゃないか!

 運良くも第2王子エリオットが絡んでいたことと、聖女の降臨が一部の者しか知らなかったおかげで謹慎程度で済んだ。とはいってももう家は継げないが。しかもあのビリキーナと結婚しなければならないという。全く面倒な女に引っかかってしまったものだ。

 だがそれで貴族の身分を守れるのなら仕方がない。しばらくは屋敷でおとなしくしているとしよう。


 そう思っておとなしく自室にこもっていた。親にもう一度勉強し直せと聖人・聖女の歴史書をドサっと渡され、毎日聖人・聖女1人ずつに関するレポート提出も義務付けられたのには辟易したが。いやいやながら本を読み、運ばれてくる食事を食べ、レポートにするためにメモを取る。疲れたら適当に寝て、とのんびり過ごしていたら、さらに勉強科目を増やされてしまったが。

 

 そんな生活も3日目にして飽きた。部屋にこもっているなんて性に合わない。部屋の中で出来る運動はしてみたが、そんな程度では全く体を動かし足りない。夜中になったら部屋から抜け出してやろうと計画して、昼間はまじめにレポートに取り組んだ。

 それを夕飯を運んできたメイドに渡し、部屋のテーブルにセットしてもらった食事を味わい、早めに就寝した。


 夜中に目が覚めた。部屋が暗いから夜中だろう。それにあたりも静かだ。もう皆が寝ている時間に違いない。マテンツィオはベッドから起きだし、簡単に着替えた。

 親には事件発覚直後から十分反省しているところを見せていたから、家の外には警備がいるものの、部屋の扉の外にはいない。玄関を出るのは無理だろうが、どこかの部屋から庭に出るくらいはできるだろう。そうして警備が薄いであろう林に出られれば、自由に走り回れるはずだ。

 家から逃げ出すつもりはない。せっかく許されているのに、問題を起こしたら貴族の身分まではく奪されてしまうだろう。それは全く望まない。


 マテンツィオはそっと扉を開けて廊下の様子をうかがった。─誰もいない。明かりも落とされているようで、月明かりが廊下を照らしているほの明るさしかなかった。

 足音を忍ばせて、マテンツィオは部屋を出た。扉をそっと閉める。小さなパタンという音がして思わず辺りをうかがったが、誰かがくる気配はない。思わず詰めていた息をそっと吐きだし、マテンツィオは廊下を歩き始めた。


 それにしても屋敷が静まり返っている。確かに夜中は使用人の多くも寝ているが、屋敷の中も定期的に警備が見回っているはずだ。だが耳が痛いほどに静まり返っている。

 まあ自分もこんな夜中に一人で起きだしたことはほとんどないから、いつもこんな感じなのかもしれないが。

 階段に差し掛かったので、さらに足音を忍ばせて階下を覗く。


 誰もいない。父親はマテンツィオを信用し、すっかり安心しているようだ。そうだ、2階の使用人棟の端には外に出られる階段があったはずだ。あそこなら警備も手薄に違いない。

 マテンツィオは階段を降り、普段は足を踏み入れることもない使用人棟に向かった。


 結論から言えば、記憶していた場所には扉は無く、もちろん階段もなかった。幼少期にはなんどかそこから外へ抜け出したはずなのだが。知らないうちに閉鎖されてしまったようだ。

 幾分がっかりしながら廊下を戻りながら、やはり1階に降りてどこかの部屋から外に出るか、とたどり着いた階段から下を覗く。


 ──誰かいる。

 

 薄暗い玄関ホールに誰かがいる。大柄なソイツはきっと警備員だろう。あんなところにいられたらどうしようもない。戻るしかないか。チッ、と舌打ちをして、マテンツィオはそっと自分の部屋に戻るべく移動を始めた。

 2階の廊下を足音を忍ばせて進み、もう少しで3階の階段、というところで、後ろに気配を感じた。この階は来客用の部屋の階で今日は使用していないはずだ。ならば使用人か先ほどの警備員か。どちらにしても見つかったか? と歩みは止めずに振り向いた。


 デカイ男がこちらに来る。警備員か。しかもこちらに気が付いて走ってくる。捕まったら面倒だ、その前に自室に逃げ込まなくては。

 マテンツィオは全力で階段まで走り、階段を上がった。だがもう少しで3階、というところで足を掴まれ、防御もできずに派手に転んで胸と顔を階段で打った。


「な、なにをする! 俺を誰だと思っているんだ!」


 咄嗟にそう叫んで、痛む鼻と胸に手を当てながら振り返ろうとした。

 

 だがその前に掴まれた足をそのまま持ち上げられる。あまりのことに思考が追い付かない。抵抗もできないまま、そのままグイと簡単に持ち上げられてしまった。風景がさかさまに見える。しかもここは階段で。手が階段に触れた感触でマテンツィオは我に返った。


「お、俺はマテンツィオだ! ここの息子だぞ! 手を放せ!」


 自分を不審者だと思っての行動だろうと、マテンツィオはそう叫んだ。逆さづりになっているから大きな声は出なかったが、この静かな環境ならば十分な声量だ。

 実際にそれで動きが止まった。やはり誤解されていた、とほっとした瞬間、ブン、と体を振られ、放り投げられた。


 息と思考が止まる。フワリと浮いた感覚、そして急激に落ちる感覚。そしてドスンと背中から3階の床に落ちた。


「な、なにをする……!」


 痛みに呻きながらもそう言えたのは、単なる反射だった。伯爵令息に何たる無礼を働くのか。お父様にだってこんなに乱暴にされた事はない。涙目で背中に手を当てて相手を睨む。


 ぼんやりと月の明かりに照らされたその相手は、異様に大きかった。令息の嗜みとしてマテンツィオも剣術の指導を受けているが、伯爵家で雇っている警備兵にも騎士団にもこんなにでかいやつはいなかったように思う。自分が床に寝そべっていて見上げているからだけではない。訓練で這いつくばらされた事など何度もあるのだ。その角度から見る、自分よりも背の高い師匠よりも、さらに縦にも横にもデカイ。こんなのが警備兵にいたらすぐにわかる。


「お前は、誰だ!」


 腰をかばいながらなんとか上半身を起こすと、相手が寄ってきた。ああ、謝りに来たな、と思ったのだが、マテンツィオは慌てて体をねじった。


 ドスン!


 自分が今までいた場所に相手のこぶしがめり込んでいる。


「ヒッ!」


 薄闇の中、すぐ隣に太い腕が廊下に刺さっている。こんな太い腕、見たことがない。

そこから辿って行った顔は暗すぎて見えないが、ゴー、ボヒュー、と人間とは思えない呼吸音が聞こえる。これは、人間ではないのではないか? マテンツィオの全身から汗が吹き出す。


 それと同時に男が廊下にめり込んでいるこぶしが引き抜かれた。そのままそのこぶしが横に払われ、マテンツィオの顔面を狙ってきた。

 間一髪避けられたのは、運が良かっただけだ。なんとか避けたが代わりに風圧がマテンツィオを襲う。


「ヒィィィ!!」


 恐怖のあまり痛みも忘れて、マテンツィオは四つん這いで逃げ出した。

 こけつまろびつ逃げながら、マテンツィオは同じ階にある両親の部屋に逃げ込もうとしたが、どこにも扉がない。片側には窓が、反対側には壁が続いているだけだ。

 そんなはずはと思うが、後ろからはドスンドスンという足音が聞こえている。確かめている暇はない。とりあえず突き当りにある自室のドアは見えている。あそこまで逃げられれば、部屋に入れれば、鍵を掛ければ助かる!

 それだけを考えてひたすら廊下を走った。こんなに長いはずがない廊下を、何も考えずに走った。止まればあの大男につかまってしまう!


 ゼイゼイと息を切らしながらなんとか自室の前までたどり着いた。これで助かる! とマテンツィオは扉の取っ手を押した。だが開かない。え? と思いながら何度も押すが、ガチャガチャという音だけがして扉はびくともしない。押してダメなら引いてみろばかりに引いても開かない。いやこの扉は部屋側に開くのだから引いても開かないのは当然だけど、と頭の片隅で考える。でも押しても開かない。どうなっているんだ!!


 扉をドンドンと叩き、「開けてくれ!」と怒鳴るも開かない。その間にもドスンドスンという足音は近づく。これはダメだ、どうしてかわからないが開かない。ここにいたら追いつかれる、と振り向こうとしたと同時に、後頭部を大きな手がつかみ、そのまま目の前の扉に顔面を叩きつけられた。


「ウッ……!」


 衝撃で意識が飛びかける。崩れ落ちる体を、後頭部を掴んでいる頭が支えている状態になり、そのまま何度も扉に叩きつけられ、マテンツィオは意識を失った。


*****


「ハッ!!!」


 飛び起きた。ゼイゼイと自分の呼吸が煩いほどに大きい。周りを見回すと、そこは自分の部屋の自分のベッドだった。カーテンは開いていないが、隙間から明かりが漏れている。


「朝……?」


 ぼんやりと見える手が震えている。思い出して額を触ると激しい痛みが襲った。咄嗟に見た手には何もついていないから出血はしていないようだ。


「ちょっと待て、なんで俺はここで寝ているんだ?」


 そう思ったがすぐに思いついた。きっと、昨日の大男の襲撃の音で誰かが駆けつけてくれて、自分を助け出してくれたに違いない。それで自分は今まで気絶していたのだろう。

 ベッドから降りようと体の向きを変えるだけで、あちこち酷い痛みがマテンツィオを襲う。伯爵家に雇われていながらその令息を襲うとは何事か。見たことがない大男だったから、雇われたばかりなのかもしれないが、それでも見ればわかるだろうに。


 ただでは済まさない。自分以上に痛めつけてやらなければ。


 痛みに唸りながらなんとかベッドから降り、傍らの使用人を呼ぶベルを鳴らす。

 しかしいつまでたっても誰も来ない。きっとあの男の始末で大わらわなのだろう。仕方がない、自分が部屋を出るしかないか。


 痛む腰や背中をかばいながらゆっくりと扉に近づき、取っ手を引いた。


 

 廊下は真っ暗だった。正確には月明かりに照らされているが、昼間だと思っていたのに暗い。


「は??」


 室内を振り返る。カーテンからの隙間は確かに光が漏れている。なのに、廊下は月明かりだ。

マテンツィオは混乱して、ポカンと口を開けたまま部屋の中と外を何度も見た。しかも廊下には誰もいない。シンと静まり返っている。

 なんだこれは、と思った瞬間、扉の横から手が出てきたと認識する間もなく、マテンツィオは気が付いたら廊下を飛んでいた。

 受け身も取れないまま、ベシャっと腹ばいに廊下に落ちる。はずみで、ぐえ、と声が出た。一瞬にして恐怖で体が震え始める。恐る恐る後ろを振り返ると、視界の端に大男らしき姿が見え、そうして伸びてきた手はマテンツィオを殴り始めた。

 必死に頭をかばいつつ、左右に転がっているうちに何とか攻撃をかわせたようだ、逃げなければ、と動きにくい体を這うようにして何とか前に進んだが、ドスン、という重みを右足に感じたと同時にボキリという音が響き、一瞬にして体に冷気が走った。

 何が起きたか認識する前に、続いて左のふくらはぎに衝撃と鈍い音。そしてまたもや冷気が走る。 え? 折れたのか? 骨を折られたのか? え? なんで?? 俺が何をしたというのだ? だいたいコイツは誰なんだ? この家で何をしていて、どうして俺が


 混乱しながらそこまで考えた時、わき腹を蹴られて仰向けに転がった。そして目の前に振り下ろされる、大きなこぶし。とっさに両手で顔面をかばうが、衝撃は腹に来た。「ぐえええええ」と空気が漏れるような音が自分の口から出て、続いて胃液が逆流してくる。

 しかし吐く間もなく平手打ちがマテンツィオの頬を襲った。一回、二回、三回。一撃が重く、こぶしで殴られているわけでもないのに意識が飛びかける。衝撃で脳震盪でも起こしているのか、体は動かないし頭も働かない。

 ぼんやりと見つめた先で、男の手が伸びて来てマテンツィオの襟首をつかんでその体を引き上げた。

 絹で作られているシャツだが、男の力が強いのか、簡単に引き裂かれた。そうしてまたドスンと落とされ頭を強打する。相手がのしかかってきたところで、マテンツィオの意識は途絶えた。


***


「ハッ!!」


 飛び起きた。そのとたんに全身をすさまじい痛みが襲い、思わずベッドに倒れ込む。


 そう、ベッドだ。自分の。いったい何が起きているんだ。これは悪夢なのか? 悪夢の続きなのか? 恐る恐る周りを見回せば、少し開いているカーテンから漏れる光で自室に一人でいることがわかる。

 いや、さっきもそうだった。それで使用人を呼んでも誰も来なかった。いや、今度こそ現実なのではないか? 夢ならこんなに全身が痛いわけがない。先ほどとは比べ物にならないくらいに、全身が痛いのだから。


 悪夢の衝撃で全身が震えている。仰向けに倒れたままで目の前にかざした手もブルブルと震えている。いや、悪夢なら痛いわけがない。ではこれは現実か? 自分が襲われたのは、現実なのか? ベッドに寝ているのなら手当は? 痛みであまりあちこち見られないが、それでも触れる範囲で手当てを受けたような痕はない。破かれたはずのシャツも問題ないようだ。

 恐る恐る手を上げてみる。ひどい痛みに襲われたが、見える範囲で怪我はない。恐る恐る足を動かすと、途端に全身を痛みと冷気が襲ったが、それでも足が動いた感覚がある。折れているのなら動くはずがない。さらに恐る恐る足を動かして、膝を立てた状態にする。膝を立てられたという事は、足は無事だ。マテンツィオはほっと安堵のため息をついて、次は起き上がるべく上半身を起こそうとした。

 ギシギシと音を立てそうなほどに動きにくかったが、何とか動いた。痛みで脂汗をかいている。その前に悪夢で体はベトベトだ。使用人に風呂の用意をさせなくては。

 上半身を起こせたことでかぶっていたシーツをはぎ取る。きちんと寝巻を着て寝ていた。やはりあれは悪夢だったのか。


 カーテンが微妙に開いているおかげで明かりが部屋に入り、自分の体を見ることが出来る。裾からまくってみた足は左右とも無傷だった。腹部にもあざ一つない。


「あんなに痛かったのに、夢だったのか……」


 心から安堵すると、次にはやりどころのない怒りが湧いてきた。なんでこんな妙な夢を見なくてはいけないのか。何だったのだ、あの痛みと焦りは。夢だというのに全く反撃できなかった自分にも腹が立つ。ああもうすべてに腹が立つ! この怒りを誰かにぶつけてやりたい。しかし家の使用人や関係者には手が出せない。そんな事をした日には、「あそこの坊ちゃんは」とすぐに曝露されて自分の評価を下げてしまう。

 自分の周りに関係なく、何をしても告げ口をしないような人物などそうそういないから、結局は剣の修行でもして発散するしかない。

 ああ、一人だけちょうどいいのがいた。あの聖女もどきだ。あれは存在を隠された者だった。居ないものが何を言っても意味がない。だからやりたい放題だった。


 とはいえ、あんなに痛めつけるつもりはなかった。貴族令息なんて聞こえはいいが、制約制限

 貴族令息なんて聞こえはいいが、制約制限だらけで、せめて『居ない者』『何を言っても支障がない者』の悪口でも言って息抜きをしないとやっていけない。だから『存在しない聖女聖人を排除する』というおとぎ話を仲間内で楽しんでいただけだったのに。


「ビリキーナがでしゃばるからこうなったんだ」


 まさか伯爵令嬢がこの話に乗ってくるとは思わなかった。令嬢にしては大胆な発想に、純粋にみんなで楽しんでいた。仮想敵がいることで仲間の結束が固まり、過激になっていったのも事実だ。だがまさか本当に聖女が現れるとは誰も思っていなかった。


「現れた方が悪いんだ。しかもあんな人気のない所に、見つけたのが王子と俺たちだけだったし」


 すべて運が悪かった。第2王子が聖女を匿わなければ。聖女があんな反抗的で、それでいて足を見せつけるなどと言う挑発的な態度を取らなければ。


「俺は悪くない!」


 最初は軽く嫌がらせをして、この国から聖女を追い出す予定だった。他国に追いやれば厄災も聖女と共にその国へ行くに違いないから。戻ってこられてはいけないから、それなりに嫌な思いをさせて、適当に金を渡して追い出すはずだった。

 この国の食事は美味いから、わざと不味い料理を出そうとビリキーナが言い出した時も全員が同意した。その上で分量も少なくしておけば、他国でこの国から伝わった料理を食べた時のうまさが倍増するだろうと考えた。

 本当に不味そうに料理を食べている聖女を見て、皆で笑いものにしていた時、偶然だれかが器にぶつかって中がこぼれた。自分たち貴族は謝る事を良しとしないので、何とか誤魔化そうとして、「お前にはそれがお似合いだ」と言い放った。それに非常に悲しそうな顔をした聖女にそそられたのは自分だけではなかった。


 ちょうどイラついていた令息の一人が、無理やり聖女に食べさせたり、汁物を掛けたりし始めたあたりから、妙な方向に行ってしまった。最終的に暴力と性暴力まで集団で犯してしまったのだ。


『どうして』『なんで?』と何度も聖女もどきは言っていた。『やめて』『助けて』とも。それが、そんな言葉を普段聞いたことがない彼らの嗜虐心をあおってしまった。相手を完全に支配する快感。注意する親も目付け役もいない解放感。


 理由のない暴力。さすがにあれはやりすぎた。それは反省しなくてはならないが、悪いのは最初に乱暴したヤツだし、自分たちを焚きつけたビリキーナだ。


「ちっ、結局ビリキーナと結婚しなくてはならないとか、面倒な事になったもんだ。あんな陰険な女、誰が相手をしたいものか」


 だがそれが罰を免除する条件の一つでは仕方がない。


「あの女の弱みを握ったも同然だ。アイツのせいで聖女が死んだのだからな。それで一生オレに逆らわないようにさせるか」


 そんな事を考えていたら、悪夢でどうしようもなくへこんでいた気分が、少し上向いた。風呂と食事だ。腹が減っているからろくな考えが出てこない。

 それにしても使用人はカーテンをしっかりと閉めなかったのか、それとも中途半端に開けていったのか。何にせよ開けるなら開ける、閉めるなら閉めるとしっかりやらせなければ。

 

 悪夢を見て寝違えたのか、あちこち痛い体をだましだまし動かして何とか立ち上がり、カーテンを開けようとした時だ。


 ガシャンと音がして、外から何かが飛んできて、窓が割られた。前に立っていたマテンツィオに窓の破片が降りかかり、刺さる。


「うわああ!」


 咄嗟に顔をかばった腕にも鋭い痛みが何度も走る。そしてそのまま腹部に強い衝撃を感じて、マテンツィオはベッドに吹っ飛んだ。

 せっかく起き上がったベッドに逆戻りしたマテンツィオは何が起きたのかと目を開けて、恐怖で固まった。


 目の前にあの大男がいる。


「え? どうして? なんで?」


 男は答えることなく、ベッドの上のマテンツィオを何度も殴る。顎への一撃でもうろうとする意識。止まない暴力。衣服は千切れ、それに絡まって体が拘束されたかのように動かない。うつ伏せにされて尻を殴られる。相手の足が降ってくる。まるでボールのように蹴られ叩かれた。


「もうやめてくれ……、なんでもするから、助けて」


 攻撃に翻弄されながらマテンツィオはつぶやいたが、暴力は止むことがなかった。


続きます。

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