ep8 取引
「そうですか。やはり貴女は勇者ですか」
幻惑の魔女は奇妙な表情を浮かべた。
怒りでも憎しみでも疑いでもない、まるで何かを懐かしむような表情。
「貴女が、この時代の勇者なのですね」
「?」
「こんな可愛いお嬢さんが、彼を倒した光の子。フフフ......」
幻惑の魔女は愉しむように微笑する。
挑発に乗る気配はまったくない。
それどころか感情も考えもさっぱり読み取れない。
それはセレスと騎士長にとって不気味に映った。
「......貴女は、一体なんなの?」
幻惑の魔女は答えず、再びエヴァンスに視線を戻した。
「さて、話を戻しましょう。魔導師エヴァンス。貴方は魔王の遺産について話したいと仰いましたね?」
「はい。その通りでございます」
エヴァンスは恭しく返事した。
幻惑の魔女は何かを確かめるようにエヴァンスをじっと見つめてから、小さく頷く。
「貴方の希望はわかりました。ただし、条件があります」
「はい」
「それに見合う代価をお支払いいただきます」
幻惑の魔女の眸の奥が妖しく光った。
「できますか?」
「もちろんです」
エヴァンスは寸分の考える間もなく承諾した。
騎士長と討伐軍が驚くより先にセレスが血相を変えた。
「魔女と取引!?何を考えているの!?馬鹿なの!?そもそもなぜそんなことをする必要が!?」
セレスが厳しく詰め寄るが、エヴァンスは平常通りのまま落ち着けと言わんばかりに応じる。
「じゃあ逆に訊くけどさ。今ここで僕らが魔女様と戦うことに何の意味があるのかな」
「もし貴方の言っていることが本当で魔王の最高幹部ならば間違いなく人類の脅威でしょう!?」
「ありがとう。僕の言っていることを信じてくれるんだね。やっぱりセレスは優しいなぁ」
「はっ??」
まるで人を馬鹿にしたように誤魔化されて、思わずセレスは言葉に詰まる。
その時。
「!?」
一瞬、時が止まった。
その場にいる誰もが理解できなかった。
間もなく理解した時は、目を疑った。
「なっ......」
なんと、勇者の胸が、黒い刃に貫かれていた。
いつの間にそこへ現れたのか。
セレスの背後に、黒いローブに全身を包んだ騎士らしき者が立っていた。
「くっ......」
刃が抜かれると、勇者は力無くその場へ倒れ伏した。
「勇者様!!何者だキサマァァァ!!」
すぐさま騎士長が斬りかかる。
しかしその者は慌てることもなく、黒いローブを脱いで顔を見せた。
その瞬間、騎士長の足がピタッと止まる。
「お、お前は......」
「これは騎士長殿。お久しぶりです」
「お前は、死んだのではなかったのか?マイルス」
謎の騎士の口元が上がった。
褐色の肌をした精悍な顔に、異様な光をたたえた眼が一同へ向けられる。
「ま、マイルス?」
討伐軍がどよめいた。
次から次へと起こる想定外の出来事に、皆、まるで理解が追いつかない。
森の魔女の出現。
エヴァンスの行動。
森の魔物に殺されたはずのマイルスが生きている。
だが......何よりも衝撃なのは、光の勇者がやられたことだ!
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