ep5 魔石
やがて一時間が過ぎたころか......。
不意に先頭のエヴァンスが立ち止まる。
「どうしたの?」
セレスが訊いた。
「まさか......」
エヴァンスは魔力探知による索敵に長けている。
その能力と技術は、勇者の魔王討伐にも大きく貢献した。
賢者とは、ただ強力な魔法を扱えるというだけで名乗れるものではない。
魔導師としての圧倒的な総合力が求められる。
エヴァンスはそれを有していた。
「さて、いよいよこれの出番かな」
ここで突然、エヴァンスが不思議な行動を取る。
セレスや騎士長が見つめる中、懐から奇妙な石を取り出した。
何か異様に黒ずんだ石。
「それはなに?」
セレスが訊ねると、なぜかエヴァンスはほっと安堵したように微笑んだ。
「光の勇者のセレスも気づかなかったんだね」
「......なんのこと?」
「セレスが気づかなかったのなら、他の誰にも気づきようがないだろう」
「一体なんの話なの?」
セレスが騎士長に視線を投げるが、彼もわからないといった顔をする。
「エヴァンス殿。その石...で、何かをなさるおつもりですか?」
「これは魔石だよ」
「魔石??」
騎士長より先にセレスが驚く。
「なんの魔力も感じなかったけど」
「これは普通の魔石ではないからね」
「どんな魔石なの?」
「闇の魔石だよ」
「えっ??」
セレスと騎士長が同時に声を上げた瞬間。
魔石からドス黒い何かが滲み出てきた。
「ほらほら。闇の魔力が出てきたよ」
「エヴァンス。貴方なにをやろうとしているの?」
「すぐにわかるさ」
まもなく、異変が起こり始める。
周囲で不気味に何かが蠢き出した。
「なんだ?」
セレスと騎士長含め、討伐軍全体が森を見回す。
その数秒後だろうか。
木々の影からズズズズッと魔物の姿が露わになる。
「魔物の森の魔物どもか。まだこんなに残っていたのか」
騎士長がスチャッと剣を構えた。
部下たちも続いて武器を構える。
一気に全体の空気が張りつめるが、エヴァンスは魔石を持ったまま動かない。
「その魔石で魔物たちを呼び寄せたのね。でも、そんな物をどこで手に入れたの?」
セレスが剣を抜きながら訊ねるが、エヴァンスは微笑するだけで質問には答えない。
「まだだよ」
「まだ?」
「真打登場は、これからだ」
そう言うとエヴァンスは、魔石に魔力を注ぐ仕草をした。
彼に闇の魔力などないはずだが。
「どういうことなの?なぜ貴方は...」
「ほら、セレス。来るよ」
次の瞬間。
ズゥゥゥゥゥン
突如、目の前に巨大な何かが落下した。
その衝撃で地面が大きく震えた。
「!!」
討伐隊全員が、それを見上げた。
額の一本角。禍々しく光る赤色の双眼。
十メートルを超える巨大な躰。
そのどれもが邪悪な迫力に満ちている、熊の怪物を。
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