激動の安息
帝国の毒霧は去ったが、被害は甚大、難民の受け入れや元の場所に戻る人達など、被害の周辺地域は大わらわだった。ただ、人界と霊界が融合してから早くに街道を整備したことが幸いし、移動自体は、かなりしやすくなっている。とはいえ、凶暴な魔獣は後を絶たないことで、そうした護衛をしながらの移動となっていた。
この驚異の毒霧に対して、帝国に所属していた元小国は多様な反応があった。一つは、これまで以上に帝国を怒らせてはいけないと畏怖する者。毒霧が去ったし、このままではいずれ自分達も消されるのではないかと怯える者。それゆえに、いまこそ反撃の時だと立ち上がる者。そうして、帝国国内は一部で反乱が勃発し、帝国領内は混沌としていくのだった。
さて、緊急の問題が解決したことでリアナは修業を再開し、リアナとメルナ婆さんはいったん通常任務から退いた。マリーネは妊娠のため当面は緊急であっても離脱する運びとなり、本部近くで家をもうけることとなり、ニクスと二人での新居探しがはじまった。
家の購入代金に関しては、なんだかんだマリーネがコツコツためていた資金と、ニクスもあまりお金を使っていなかったこともありそれを土台に、足らずについての保証人は盟主ゲルニックが引き受けてくれたのである。
マリーネは冗談半分に言う。
「ねぇ、姿は変わってもいいけどさぁ、家に入らなくならないほど巨大にはならないでよね」
「さすがにそれはないだろう」
「はは、わかんないよ、グエルが連れてきた大型の霊獣みたいに大きく成長しちゃうかもしれないじゃん」
「なるべく、不必要に力を使うのは控えるよ」
「うん、おねがいねー。二人目も欲しいし」
「気が早いって」
「ふふふ、楽しみだなー」
二人の家の購入は決まり、ゆっくりと家具の準備なども進んでいく。
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右腕が義手で復活したガルストンと、さらに高みを目指したいウェーゼンは二人訓練場で特訓を重ねていた。
慣れてくればガルストンは今まで以上の腕力でもって鈍器をふりまわし、以前のように巧みに体をさばき、そして、必要とあればバリアも的確に展開し、ウェーゼンの攻撃をしのぎ、スキをついては一撃を入れていく。ウェーゼンも、マルコーから師事を受け、軽業を身に着け、体裁きに磨きがかかっていた。
そんな迫力ある訓練をまじかで見ていた他の兵士たちも士気が上がり稽古へのやるきが増していく。自分たちはあれほどとはいかなくても、頼られるよう、少しでも力になれるようにと打ち込んでいった。
夕方になればガルストンもウェーゼンも傷だらけでボロボロだ、骨もおれている。そこへ、いつものように、ニクスがやってくる。
「いくら俺がいるからって、最近激しくやりすぎだろぅ」
そう、ニクスの治癒の魔術で二人は治療を毎度してもらっているのだ。
「いやぁ、お前ばかりに前線を任せたくはないしな」
「そうだ。俺も負けてられんと思っている」
「まぁいい、骨折まではいいが、欠損までは無理なんだから、無茶しすぎないでくれよ」
「おぅ、いつもたすかる」
ニクスの治療の魔術は、リアナに勝るとも劣らないほどで、他の魔術師に引けを取らないところまで成長していた。
こうして、ガルストン、ウェーゼンの二人も、自身の強化につとめていた。
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ルゥは、本部とは遠いところで、街道の整備や町や村への魔獣からの襲撃に対抗する要として東奔西走していた。
毒の霧の件の話は聞いており、帝国の暴挙を恐ろしく感じるとともに、皇帝と戦った時の無念さもあったのだ。もちろん、いまでも今は無き故郷へかいりたいし、隠れ家に帰れたらとも思う。ただ、一つ、彼女はなんだかんだいって、魔術の天才であった。皇帝の使ったあの魔術に対抗する心当たりがあり、時間の空いた時に練習している。
それは、魔術を発生前に霧散させる即解呪の魔術だ。これは、誰でもできるものでもない。だが、もともと精霊を通さない魔術王国ニバルの魔術師たちは、その適性が強い。そうして、一緒に戦っている魔術の使える仲間に協力をしてもらって、火や風、土などいろいろ魔術をまずは小さい段階から行使してもらって、それを邪魔するという練習をしている。それは、少しずつ実を結んでおり、弱めの魔術は霧散できるようになっていた。
といって、ずっと任務や訓練ばかりしているわけでもない。仕事で得た給金をもとに、そう、いま、彼女は飲食店でおたのしみのデザートを頼んでいたのである。
それは、いくつものアイスクリームがうえにのり、いろいろな甘い食材で飾られ、グラスの中層までは何層にもいろんな味を楽しませるパフェである。
彼女はおいしそうにゆっくりと、顔をとろけさせながら食べていく。幸せのひと時だ。
これと出会って、彼女の心境は少し変わった。隠れ里に、このようなものはない。そう、彼女はあまい贅沢を知ってしまったのである。
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危機はさったとはいえ、この人界と霊界が統合され、凶暴な魔獣のいる世界での人の生存は過酷だった。各所で難儀している。
ベンケイも、各地へおもむき、魔獣討伐をし、安全確保に努めるが何せ、数が多い、降りかかる火の粉を払うのが精いっぱいである。人間にとって、今の世界は過酷だと彼は実感していた。自分としては、特に問題がないが、それはそれである。多くの民にとって、今の世界は暮らしやすいものではないし、そうならないような気がしているのである。
今、ベンケイは自身の属する部隊のメンバーと飲み明かし、食べて話して飲んだら、腕相撲などをしていた。彼は、外の世界に出れてよかったと思うし、反帝国連盟側についてよかったと感じている。盟主ゲルニックを君主として認める気にはなっていないが、この世界で皆を守りながら、そしてにぎやかにしながら暮らしていくのも悪くないように感じているのだ。
とはいえ、せっかく世界に戻れたのだ、落ち着いたら、一人ふらりと旅をしたい。旅をして、いろんなものをゆっくりと見て回りたいとも思う。彼は記憶を失っている、ゆえに、いろんな発見があるはずだ。そう、この乱世が終わったら、やりたいことができたのである。
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それはまだ、帝国が領土をここまで広げる前の時代。帝国、というのも存在しない遥か昔の時代だ。
ある、召喚師の里で、血族に子供ができた。彼は二歳ほどまで成長したが、日に日にその体は衰え元気をなくしていった。そう、彼はもともと魂が弱かったのである。
そこで、両親は苦悩した。このまま息子を見殺しにはしたくなかったし、何より、衰弱していくのを見るのが耐えられなかった。
その里には決して封を開けてはならぬものがあった。それは、古に悪しき霊獣の魂を分離させた存在を封じたもの、と伝わっていた。それは、もはや藁にも、毒にもすがる思いだったのだ。
彼の両親は、その封を開け、魂の声を聴く。それは、召喚術師だからこそできたことでもあった。『我が、その子供に力を貸せば、命は保証してやろう』と。
息子が助かるならとの思いで両親は禁忌に手を出したのである。
そうして息子は、しだいに元気を取り戻していった。成長するにつれどんどんと強靭になり、彼は里を出てしまった。
剣術にも長け、運動もあらゆる魔術もこなす彼は秀でた力を身に着けていた。だが、一つ、妙なこともあった。それは、一行に召喚術の基礎による意思の疎通ができないことであった。それは里では始まって以来のことで、他の事に長けているが、里の人間としては不適格者だ、という者たちも現れるくらいだった。
そうしたせいだろうか、成長した青年は、里を出てしまったのである。
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皇帝サザーランドは、寝室でふと目が覚めた。懐かしい夢を見ていたようなきがする。だが、それは甘い思い出でも、愛おしいくも、暖かいものでも彼にとってはなかった。ただ、そうした過去があるということに過ぎない。
彼はふと、強い酒を少し水で薄めて夜景を見ながら思う。人間は、何と愚かだろうと。
ほんの少しの水に、強いお酒を多く注いでしまえば、もう水ではなくなってしまう。
だが、これほど彼にとって都合の良かったことはない。これまで長い年月をかけて、国を乗っ取り、そして皇帝として周辺諸国を吸収していくこともできた。
召喚の秘伝をあつめ、世界を懐かしい形へと戻すことができた。なんとも気分がいい。些細なことで時間をとったが順調といってよかった。
もう、彼の場所も特定できていた。そう、あとは時間の問題、ようやく、来るべき時が来ると思うと、心躍らずにはいられなかった。
少し思う、冷酷な自分にしては、浮かれているなと。




