少年編、風の声
放課後の、いつもの崖飛び降りのとき、その場所で、ニクスは不思議な声が聞こえた気がした。
「なぁ、リアナ、何か言ったか?」
「ううん、どうしたの?」
しばらくするとまた彼には聞こえる、耳鳴りとも違う、風の声、とでもいうのだろうか。そして、それに導かれるように歩いて行った。
「リアナ、ちょっと来て、何かが呼んでる」
「お化けとかで脅かそうったって、そうはいかないんだからね」
彼女は疑いながらも、渋々とついていく。ニクスは崖飛び降りに関しては優先度が高いのだ、それを置いて、他のことをする、というのが気になったのである。ニクスは声に誘われるまま、それお追いかけるリアナはゆっくりと木々の中をかき分けて進んでいくと、崩れた小さな神社の建物のようなものが物があった。装飾から、儀式や伝承にまつわる小屋とはわかるが、それは縦奥三メートルもない小さな小屋であった。
「なんだろう、お婆ちゃんなら何か知ってるかな?」
「入ってみようぜ」
「まぁ、大事なものはないと思うし、怒られることもないかなぁ」
少し不安げに、彼女は彼が扉を開けるのを見守る。扉を開けると、そこには地下へ続く階段があった。
「うん、ここを進んだらいいって言ってる」
「言ってるって誰が言ってるのよ」
「わからないけど、聞こえるんだ」
風がビューっとその地下階段へと吸い込まれていく。そこは、洞窟ではなく、人工的に作られた地下階段だった。
「リアナ、灯りって魔法で出せる?先に進むには光がいりそうだ」
「光の魔術の初歩ね、問題ないわ」
そうして、リアナが光の玉を魔術で出すと、それをもって二人は階段を降り進んでいく。天井が湿気ているのか、たまに天から水かぴとんと落ちる。しばらく階段を降りると、その先は枝分かれする迷宮のようになっている。迷宮は少し誇張しすぎだろうか、炭鉱といったほうが良いかもしれない。その入り組んだ道を、彼は声に導かれるまま、進んでいく。
「ねぇ、こっちであってるの?」
「大丈夫、帰り道は覚えているからダメだったら帰ればいいよ」
そう、彼は、山や森でも迷わない優れた方向感覚を持っている。といって、罠か何かで、入り口がふさがれたら危ないわけだが、そこまでは頭が回ってはいないようだ。先の言葉を信じて彼女はついていく。すると、小さな扉があり、開けると小部屋になっていた、そこはいろいろな棚が置いてあり、たくさんの箱や、魔獣か何かの素材のようなもの、装飾品などがあった。
「これってなんだろう?」
「さぁな、あ、こっちの箱かな」
彼は、導かれるまま箱を取り出すと、対になる二つのネックレス、それには、優しい赤の羽飾りがついていた。赤い羽根飾りのネックレスとでもいったところだろう。それを見て、彼女は言う。
「まるでおとぎ話の羽飾りね」
「おとぎ話?」
「そうそう、授業でもやったよ、双子の召喚の巫女のお話」
「あー、確か、霊獣の世界、霊界と、人間の世界、人界を分ける扉をどうのこうのした双子の巫女がいたんだったっけか」
「うん、それで、その双子がおそろいで持っていた術具が、赤い羽根飾りのネックレスなの」
「なるほど、でも、そのお話だと、扉を起動させるとき、片方は霊界、片方はこちらの世界にいて起動させたんだろ?もしこれが、それだったら二つそろってるのはおかしくないか?」
「まぁそうだけど、伝承に似てるなぁと思っただけだから。で、どうするの」
「二人で1つずつ持っとけだってさ」
「いいけど、さすがに持ち出したのがお婆ちゃんに知られると怒られるかも」
「メルナ婆さんも伝承は知らないだろうけど、どこで手に入れたんだとか言われるとやっかいだよな、肌身はなさずとして、隠して持っておくか」
「うん」
リアナは、少し気になっていた。この小部屋は棚があり、いくつかの小物が置かれている。だが、こういう小部屋によくありそうなもの、そう、本が全くないのだ、倉庫だったのだろうか。だが、びっしりと、物が詰まっているかというと、一部、がっさりとものが置かれていない場所があるのだ。昔、そこに何か、置かれていたのかもしれない。といって、彼女は考えても仕方ないか、とも思った。
そうして、リアナはネックレスを彼から受け取った。すると、彼は言う。
「あ、声がはっきり聞こえるようになった、リアナは?」
「え?」
しばらく目を閉じて彼女は耳を澄ましてみたが、特に何も変化はなかった。
「ううん、聞こえないよ」
「そっか、何なんだろう」
「悪魔とかそういうのにそそのかされてるわけじゃないよね」
「そういう気はしないな、もっとこう、暖かいというか、心休まる感じなんだ」
「ふーん」
こうして二人の小さな冒険は終わった。
# 伝承:古き双子の召喚の巫女
古き双子の召喚の巫女の伝承は、多くの者たちの間で語り継がれている。遥か昔の時代、霊獣、魔獣、人間の三者が絶え間ない戦争に明け暮れていた。その混沌から人間を守るため、双子の巫女とその仲間たちは、世界を分かつ秘術を完成させた。これが「世界分離の扉」として知られるものである。
世界分離の扉は、古の魔導装置であり、その片側は霊獣と魔獣の世界、もう片側は人間の世界とされる。完全な分断ではないものの、両世界をおおよそ隔てる力を持っていた。その装置が今どこにあるのかは、誰も知らない。
扉を起動するためには、高い魔力を持ち、真に心を通わせた二人が必要であった。彼らは扉を挟んで向かい合い、その力を合わせて起動させることで、世界は扉を軸として分かたれたのである。
この伝承は、双子がそれぞれ別の世界に分かたれ、悲しい結末を迎える物語として知られている。双子の巫女たちとその仲間たちは、最初は世界から争いを無くすことを願い、志を同じくした霊獣や魔獣と共に奮闘した。平和を求めた彼らの努力は、初めは実を結びそうであった。
しかし、争いは続いた。存在としての違いや力の差異が原因で、人間は霊獣や魔獣を恐れた。魔獣の中には人間を食べることを好む者もいれば、霊獣の中には秩序を重んじ、雑多なありようを否定する者もいた。過激な存在や脅かされる存在、虐げられた存在が、時として牙をむいたのである。
この伝承は、双子の巫女たちの悲壮な決断と、争いの果てに訪れる別れの物語として、今も語り継がれている。