門への道
魔術王国ニバルの生き残りの隠れ家は、地下世界中央から離れた王国ゾーグよりにある山岳に洞窟を魔術で掘って取り繕ったものだった。入口の兵が、マリーネと合言葉を交わし、一行は中へと進んでいくと、レンガ造りとも違う一つの岩でできたような階段に出くわした。それは不思議な光景だった。山を掘ったのだとしたら、一様の材質にはならない。そう、魔術で作り出された階段なのだ。そして、洞窟だというのにふんわりと明るさが保たれていた、もはやそれは魔術なのか何なのかわからない。ただ、魔導具や機械の類ではなさそうだった。
多くの負傷した人達の先を進んでいき、隠れ家の長のところへと案内される。一室に入ると、そこには長耳の少女がいた。
「よく来た、私はニバルの元魔術師団副団長チャル、今はここの長をやっておる。話は聞いている、例の門へ向かいたいとな」
ガルストンが応じる。
「はい、帝国は門を起動させ、その先で、霊界と人界が分かれる前の状態に戻し、さらなる混乱を招こうとしております」
「半分は理解できる。門とその先で起こせそうなことについてはな。じゃが、帝国は人界の占領をもくろんでいるのであれば、むしろ、世界を古き姿にしてしまっては凶暴な魔獣や霊獣があらわれてしまう、世界征服から遠のくように感じるのじゃ」
「確かにそうです。私は、地上で霊獣アミダ様と合いそして、言われたのです、そうした先に、皇帝サザーランドが狙っているのは、魔獣や霊獣、人間を超えた存在、神という、世界を統べる存在になることだと」
「ふむ……世界を統べる神か……お主達はこれは知っておるか、その昔、それを企んだ凶悪な霊獣とも魔獣ともわからん存在がいたということを。名をヴィルズ、あまたの動物、魔獣、霊獣を取り込み、世界を狂乱に導き、そして神を目指したのだという」
「いえ、そこまでは知りません」
「ふむ、アミダは門が守られれば、そこまで語る必要はなしと判断したのかもしれぬな。世界を分けた理由はな、凶暴な霊獣や魔獣と、人間を分けるためだけではないのじゃよ。ヴィルズの肉体を霊界で封じ、魂を人界で封じ、二度とそ奴が目覚めぬようにするためじゃ。じゃから、ふむ、確かに、これは危機であるな……ヴィルズの魂について、帝国はすでに手中に収めておるのやもしれんし……」
と、チャルは深く考え込んだ。
「考えていても仕方ないか……魂だけでもかなり危険という言い伝えじゃが、よかろう、手を貸そう。案内人を選別する、一日、待ってもらってもよいか?」
「問題ありません」
「うむ、本来は私自ら出向きたいところだが、ここを離れるわけにもいかぬ。それと、赤い手を持つ者よ、名を何という?」
「ニクスです」
「ニクスよ、お主は何か霊獣と人間の実験生物なのか?」
「いえ、俺は捨て子で、もともとはこういう手ではなかったんです」
「いつそうなった?」
「地下世界へ帝国が進行した時の戦いで、無我夢中で戦って、火の鳥になった後だそうです」
それを聞いて、チャルは目を細める。
「ほうほう、興味深いのぉ」
「何か知っているんですか?」
「そうじゃな、言えることがあるとすれば、自分が何者であるか、何者になれるかを知るのは難しいということじゃ。私は魔術師団の団長、いや、世界一の魔術師になれると思っておったが、世界は広かった。そしてまた、自分が何者かは存外、それぞれの心の持ちようであって、自分のできることをすればよい。そのためにも、今の仲間を大事にするのじゃな」
ニクスは、そう言われても、何か腑に落ちなかった。あまり、そういう学の必要な話題は苦手でもあるのだ。
「なに、すぐにわからんでもよい。先達の言葉を頭の片隅に覚えておればよいわ」
「先達?」
「そうじゃぞ、ははぁー、われら中耳族は長命でなかなか身体の成長が遅いから、子供とでも思うたか。私はこれでも九十年生きとる」
「それは失礼しました」
「よいよい、いちいち些事にかまけとっては大事なものを見失うからの」
こうして、案内人を頼めることが決まり、ひとまず一行は隠れ家で休ませてもらうことにした。これまでかなりハイペースで移動していたので、疲れがどっとでて、皆は、ぐったりと休むことしかできなかった。
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ウェーゼンは朝早くに目覚めひとり部屋を出て、床に座って周りを眺めていた。
臨時の居住施設。魔術を使ったであろうそれは、無骨というか、本当にひとまず生活環境を最低限整えるために用意したものだということが分かる。
そこに、起きたガルストンがやってくる。
「よぉ、良く寝れたか?」
「問題ない。マリーネの強行軍は本当に厳しいペースだったからな」
「あいつ張り切ってたからな」
「話は変わるが、戦わず負けて搾取されるのと、戦って負けて無残に散り散りになるのとを考えると、なんとも力なき者には理不尽な世界だなと感傷に浸っておった」
「戦う、戦わない、何を選んでも正解じゃない、そういうときもあるのかもな」
「やはり理不尽だ」
「ほんとそうだな、だからこそ、止めなきゃならない」
「まさか、世界がどうこうという話になるとは思ってもなかったがな」
「そりゃそうだ。もともと、皆、帝国に思うところが集まったものがほとんどで、世界がって話はアミダ様から話を聞いてからだから、俺達だってそうだよ」
「そうか……目指すところには帝国の四天王の一人がいるという話だろう。それも、一人いれば一国を軽く滅ぼせる存在といわれている。ニバルを攻めたのは青き炎を操る魔導師レイリアだったか」
「あぁ、その炎はどんな鋼鉄をも一瞬で溶かし、人間は一瞬にして灰になる。しかも、その範囲は黒騎士グレイと同様に小国を覆えるほどだと言われている」
「勝てるのか?」
「勝つ必要はない。門を起動させなければいい」
「そうだったな。つい、勝つか負けるかに固執してしまう」
ほどなくして、残り二人が起き、食事をとったのちに長のところへ向かう。
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「来たか、紹介しよう、魔術師のルゥじゃ。まだ十五と若いが、門まではよく知っておるし、私達長耳族は、幼くとも魔術に長けておる。それに、ルゥは氷、水、治癒、そして反射の魔術が得意でな。今回は適任でもあろう」
「なるほど、ルゥ、よろしく頼む」
とガルストンは、握手を求めると、ルゥはふわっとした動きで、その手を握り。
「はい、お願いします」
と言った。ちょっと、独特のゆったりしたペースの子なのかもしれない。
「まぁ、一見おっとりしておるように見えるが、実践の判断はまた別じゃ、そういうことはあるじゃろ?」
「そうですね」
「うむ、ではルゥ、この者たちの案内を頼んだぞ」
「はい、副団長」
と、もう副団長でなくなったチャルは、相変わらずだなぁという表情になってルゥにうなずいた。
こうしてルゥが加わり、彼女の案内に従って、元ニバルの国土を進んでいく。ときおり出現する魔獣に対してルゥは氷の矢で的確に長距離から射抜いたり、いざというときは氷の防壁で防いだりと多彩な活躍を見せていた。風や火ではできない芸当であった。
進んでいくと、帝国兵ともやりあうことになる。そこでは、ガルストンやウェーゼン、ニクスが陽動になり、そのすきに敵の裏からマリーネが奇襲をして次々と葬ったり、敵に魔術師や魔導兵器使いがいてもルゥの反射によって跳ね返してしまえ、着実に、一行は進んでいく。
帝国兵も特段強い、精鋭ぞろいというわけではない。おそらく、門の近くでは変わってくるかもしれない。門に近づくにつれ、警備が厳重になっていた。
「これから先は、なるべく戦わず、やり過ごして門まで行きたいところだな。警戒されて動きにくくなりそうだ」
「といって、忍者のマリーネはともかく、隠れて進むのは難しくないか?」
「資材の搬入はあるんだ、二人ほど帝国兵に変装して運搬役として、残りは資材に隠れたらいい」
「なるほどー、それじゃ、近くの本物の運搬をサクッと静かにやっちゃうねー」
「たのむ、俺とウェーゼンが帝国兵役に変装で、ニクスは腕が隠しようがないから難しいしな」
そうして、段取りが決まると、近くに通りかかった運搬車を通路に不審なものを置いてあしどめ、ふと降りてきたところをサクッとマリーネがやってしまって、乗っていた二人の服を強奪して、見事潜入に成功する。運搬していた資材は食料で、食糧庫まではなんとか潜入できた。
さて、ルゥに食糧庫から、門までのルートを聞いてガルストンとマリーネが計画を相談する。そう、あと少しで門、ただ、きっとそこには四天王の一人レイリアが待っているに違いない、食糧庫で準備を整え、少し休息した一行は意を決して、作戦を決行した。




