旧炭鉱のひととき
デルルズの里は、少し人里離れた小さな村だった。もう三年ほど前になるだろうか、彼の村は帝国の侵略によって滅ぼされた。
その村では、幾人の人が、修行をしていた。彼は、伝承の家系の三兄弟の末っ子だった。長男の兄は、優れた憑依魔術が使え、馬と憑依し、長時間それを維持することもできたし、次男の兄もそこそこの術者だった。デルルズ、彼だけは魔力が全然育たず、落ちこぼれのように感じていた。
村での日常は、修行は少し厳しかったがのどかなものだった。憑依魔術と一般的な火や水などの魔術も相性がいい。それは、意志を伝える力によって、精霊と共感し、魔術の支援を受けられるからだ。一般的な魔術は自身の魔力と操作力だけで魔術を行わなければいけないが、そうした点で魔術も彼はほんの少しできるはずだったが、まだまだだった。
といって、見放されていたかというとそうでもない。まだまだデルルズは幼かったし、長男が引き継げば、特に問題もなかったのである。
警戒心の強い村で、そうした修行を多くの者が受けていたこともあり、やや排他的だった一面はある。
他の村、街、そのほかとは極力距離をとっていた。何か、敵意があれば、それを適切に感じられる現在の継承者、父がいたので、村への悪さを考える者は事前に対処できていた。
しかし、偵察も何もなく、空飛ぶ魔導兵器と、そこから滑空してくる兵達に圧倒され、一夜にして村はほろんだのだ。彼は、なんとか、逃げのびることができたが、それからもしつように帝国に追われ、逃げ続けていたのであった。
どうして自分だけ、助けられたのだろう。助けてくれたのは長兄だった。長兄が村の遠くまで担いで運んでくれた後、足止めしてくれ、そのうちにデルルズはチークと憑依魔術をし、なるべく遠くへと逃げたのである。ずっと、ずっと、逃げるだけの生活だった、それが彼にとって悲しかった。何もできない自分が、一矢報いることもできない自分が、悔しかったのだ。
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シェストは、力のなさを無念に思っていた。あのとき、リアナが橋から投げ出されたとき、デルルズがいなくとも、自分ではなく、ニクスがいたら、何とかできたのではないかと。ニクスは崖からの滑空が得意だった、そう、彼は戦闘にも秀でているし、今、どちらかというと戦闘面では足を引っ張っているように感じている。もっと強くなりたかった。もう二度と、近しい人を失いたくない、ガルストンにだって死んでほしくないからこそ、ついてきているというのに、裏方はほどほどでも、戦力になり切れていない自分が歯がゆいのだった。
旅は、いくどか、魔獣とも争ったが橋ほどの激闘もなく、旧炭鉱都市レンズヘイヤへとたどり着いた。そこは、さびれた場所だった。ほとんどが空き家になっていて、人通りも少ない。
「ひとまず、三日ほどここで休息しよう」
「あぁ、賛成だ」
「やったー、これで里へ帰るまでの時間が稼げるーいぇーーい」
マリーネは、里での修業が嫌なのか、日数が稼げることを喜んでいる。
ガルストン、リアナ、シェストは久しぶりに三人でゆっくりとすることとなった。近くの飲食店で、少し贅沢な食事をする。
「それにしても、リアナは更に魔術が冴えてるし、シェストは帝国の新兵器をいいあんばいで分解できちまえるし、相変わらずお前らはすごいよな」
「でも、ガルストンがいなければ村はどうなっていたかわかりませんし、戦闘じゃ僕は足を引っ張っちゃってますし」
「そんなことないぞ。サラマンダー号の守り任されてた連中だって、お前みたいに魔導銃でどうこうなんてできやしないんだ、遠距離はリアナが特別、接近はあの二人が凄すぎるし、それにしてもニクスは今頃どうしてるんだろうね」
「そうねぇ、ここまで戦火が広がってるって思ってなかったし、魔獣の脅威を考えると一人旅なんて簡単にできなさそうだし、どうしてるんだろうね。村には一度も戻ってないし、連絡もないのよ」
「彼の事なので、ひょっこり空から現れそうですけどね」
「ハハハ、違いねぇ、意外な登場をしてくれそうだよなぁ」
と、久しぶりに、同郷の三人はゆっくりと食事をし、その後、旧都市、いまでは街と言えるかも怪しいレンズヘイヤの商店街を散策した。
ふと、リアナは、隠し持っていた赤い羽根のネックレスを固く握りしめる。ニクスは今、どこへいるんだろうかと思いながら。
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マルコーは、休むといいながら、一人、久しぶりに、人気のないところで、修行をしていた。彼は、忍者カゲロウ団の統領の息子、次は彼がそうなるだろうとも言われている。彼は人一倍の努力家であった。妹のマリーネの天才肌とは正反対である。いや、妹に引っ張られる形で、頑張っているともいえるのかもしれない。
妹の才能をうらやましく思うこともあった。ただ、そういうことを考えているくらいならと、彼はとことん努力した。才でかなわぬなら、せめて、実力を可能な限りと。別に誰かに言われたわけでもない。ただ、兄として、威厳を持ちたかった、というのはあった。そう、そのうち統領にもなるのだ、他の者に舐められるわけにもいかない。
人差し指で逆立ちをし、上下に体をまっすぐ動かす。それを繰り返し、また別の型や訓練へと移っていく。彼にとって、生きることは修行なのだ。
反対に、マリーネは観光を楽しんでいた。楽しみ方は常人とは異なる、高台にひょいと登って周りを見物してみたりと、いろいろだったり、たまに太陽を浴びながらまったり寝る猫のように、屋上で大の字になったりとしていた。彼女は、いろんな戦を見てきた、だからこそ、楽しめるなら、今、可能な限り楽しみたい、そう思うゆえ、今を大切にするのだ。
ふと、マリーネはリアナを見かけたので、たまには女の子同士で歩こうと誘ったりもした。
「ねぇ、リアナってあの二人のどっちが好みなのよ?」
「えっ?好みって?」
「わざわざついて来たってことは、そういうことなんでしょ?」
「いやぁ、そういうわけでもないけど……」
「えー違うのー?」
そうして、ほんのひと時の休息が過ぎていく。
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帝国のある魔導研究室、そこで黒騎士は、鎧を脱ぎ、体にいくつもの線を接続され、それを研究所所長カルモンが様子を見ている。
「もうよい、確認は終わった」
「ふん、不便なものだ」
「ワシらの研究成果が不服かね?」
「いや、こうした事をせんと、命に差し障るという我が身がな。それ以上の他意はない」
「なになに、一応の経過観測、安定しているということが分かればそれでいいのじゃよ」
周囲には、いくつもの巨大なガラス容器に液体が満たされ、不気味な存在がそれぞれ入っている。青白く輝く光は陰湿でおぞましく輝いている。
「つまり、これ以上の強化も可能ということか?」
「帝国四天王の一人、死と氷を操る黒騎士グレイ様がまだ強さをお求めですか……現状に至るにも保証できかねたのです、今の状態でも奇跡なのですよ」
「だろうな」
グレイと呼ばれた男は、鎧をまといなおし去っていった。氷を操り、そしてそこから生命力を奪い食らう、今では死神と恐れられた黒騎士は、一体何のために、どれほどまでの力を求めているのだろうか。現状でも、彼一人で、小国の城や都市を落とせるほどの戦力を持っている。
「そろそろ、新しい良い被検体が欲しいところですなぁ、ハッハッハッハッハ」
カルモンは声高に笑っていた。




