少年編、イタズラ四人組
そこは、魔道具と蒸気機関がやや発展した帝国が世界を征しようとしている、剣と魔法の世界である。
遥か昔に、霊獣と呼ばれた動物とも魔獣ともことなる獣がいたという。
動物は一般的な動く生物である。
魔獣は、混沌の力、邪気を含んだ世界を狂乱にいざなう凶暴なモンスターである。
霊獣は、神聖なる存在であるとされているが、もうそれは伝承としてしか知られていない。
古き伝承では、霊獣達は月に移住したとも言われている。我々が知らぬ星空に、我々が知っているような月が一つ、めぐっている。
この物語はそう、ある少年が、自分のルーツを探しはじめるところからはじまり、やがて世界を巻き込んだ戦いへとつながっていく。
世界の端々で欠けた伝承が、そろって蘇ろうとしている。
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「ひゃっほーい!」
調子よく、横で川、滝が流れる高い崖の上から飛び降りる赤髪の少年は、晴れ晴れとした威勢のいい声で空中へと飛び込んだ。
それを、崖の下から巫女服姿の少女リアナが忌々しげに見あげている。ここは本来、巫女としての修行の場所、神聖な滝行の場所なのである。アスレチック感覚で遊ぶようなことはどうかと少女は半分思いつつ、もう半分は諦めていた。それに、かれは本当に楽しそうでもあるし、そしてなにより、そんな人間離れしたことが成せる彼が憎らしかった。
少年はとっさに、まるで翼を広げるかのように大の字になり、予期していた風を受け止める。落下速度がずいぶんと緩まる。飛び降りた高さはもう八階建ての建物も超える高さで非常に危険であるにもかかわらず、彼には危機感はない。それがさも当たり前であるかのようだ。
受けた風で殺しきれなかった落下速度を彼は、ふと、この前、住んでいる村、コンシオ村の小さな学校でならった、風の魔法をつかいさらに落下の速度を緩める。それはまるで曲芸じみていた。着地の衝撃を逃がすようにくるりと転がりながら彼は受け身をとってざっと立ち上がる。慣れたものである。
彼は、傷がないかどうか自身の手足、体を確かめる。
「よし、成功だ、もう少しすれば崖の上からも行けるかもな、リアナ!」
「はいはい、修行の邪魔だけはしないでね」
「わかってるって、でも、今度俺もやってみたいかもな」
「なんでよ?」
「だってさ、リアナみたいにたくさん魔力をもって、風だけでも十分できればもっと高いところから飛べそうじゃん!」
「そうかもね」
リアナは不機嫌にそう返した。ニクスは捨て子でもともとは一緒に祖母と三人で暮らしていたこともある。今彼は、村で一人暮らしをしている。一人で生活できるようになりたいと、早いうちから一人暮らしをしたいと祖母に相談して、今のようになったが、たまに食事は昔のように一緒に食べることもある。そこまで仲が悪いわけでもない。
ただ、彼女にとって、妬ましいことこの上ないのが彼なのだ。彼女は、地道な修行を重ね、高い魔力をもち、いろいろと魔術がほどほどに使えるようになってきていた。長い修行の成果だ。だが、村の小さな学校、そこで二週間ほど前に習った簡単な火、水、土、風、治癒、の魔術を習ってからというもの、ニクスは天才的な吸収力で風をほどほどに使えてしまったのだ。もちろん、まだ、リアナほどではない。だが、その才に恐怖した。
それだけではなかった、今の崖飛び降りも、なんだか彼女は憎々しく思ってしまうのである。それは何故かはわからない。また、崖飛び降りはたまにケガをすることもあった。以前は彼女が治癒の魔術でしかたないなと治療していたのだが、今ではその治癒の魔術すらも会得しはじめている。彼女から見て、その会得スピードは尋常ではなかった。
もちろん、彼が彼女の全てを覆いつくすほど万能かというと、そうでもなさそうではあった。水と土はからっきし、火はそこそこ、魔力量も修行をしてこなかったので、そんなに何度も魔術を使うことはできない。そう、決して、負けているわけではないのだが、どうしても、その才覚が見えてしまって憎らしく思うのである。
彼女は思う、自分にも、特別な何かがあったらと。
昔は彼女の家系にはあったらしい。霊獣を召喚できるという伝説の巫女の家系なのだ。特殊な魔術で、他の場所にいる霊獣を一時的に自身の近くで半実体化させ、その力でもって、様々な支援を受ける魔術である。だが、もう、それも失伝して久しいという。そう、自分にとって、特別な何か、自分とは何なのか、それがリアナは欲しかったし、彼は何かもっている、それが憎らしくてたまらないのである。
ということで、何かムカついたので彼女は彼を蹴り飛ばす。
「いってぇ、お前のケリは普通に痛いんだ、加減しろ!」
そう言いつつ、自分で治療魔術で癒してしまうのでさらに憎たらしい。
彼はまた崖を登り、飛び降りた。そのとき、ふと、仲間だと思ったのか、赤い小鳥が一羽、羽ばたいて飛んだ、途中から落ちていく彼を追い越してその鳥は、空高く羽ばたいていった。
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ニクスは崖飛び降りを少しやったあと、村の畑の手伝いをし、その後は、その昔冒険者だったというギグ爺さんにいろいろ旅の仕方を教わりに行っている。ギグ爺さんは、歳はとったが、まだまだ筋肉もあるやや背の小さい男性で昔世界中を飛び回ってたのだと村では評判だ。ギグは鍛冶や機械などにも精通していて、力仕事から器用な細工と幅広くできることで村では重宝されている。
そこには、ニクスの幼馴染である少年シェストも住んでいる。彼は工房で、新作の開発中らしい。シェストは童顔でちょっと推しに弱そうな、臆病な性格をしているが、手先の器用さは、そのうちギグを超えるだろうとも言われている。ニクス、リアナ、シェスト、ガルストンといえば、この村では知らぬ人はいない、イタズラ小僧四人衆である。
話は戻って、「ありがとうございました!」ギグからの旅訓練のあとは、ニクスは村であてがわれた小さな自宅に帰り、タタタタタタタと料理を開始していく。まじめに自炊してきただけあって、包丁さばきはほどほど、ともすると、どこに婿に行っても恥ずかしくないくらいにはなっているかもしれない。夜の料理を人撮り終えて、食卓に料理を並べる。料理に向かい、両手をパンとつけると、大地の恵みに感謝する。「大いなる大地よ、我に一滴の施しを与えたまえ」そういうと、ニクスは食べ始めた。
それはどこかぼーっとしているようでもあった。そう、もうじき学校も卒業すれば、あとは自分の道は自分で決めましょうと、いう十三歳の卒業後の進路をどうするかが待っているわけだが、それもう決まっていた。自分のルーツ、出生を探しに行こう、そう考えている。村の中には、そんなことは気にせず、もう村が故郷でいいじゃないか、という奴もいるが、どうも肌に合わないというか、好奇心がざわめくのである。
ニクスは、リアナのことが妬ましいと思っている。自分の故郷、いていいんだという場所がしっかりあって、巫女という伝承を伝えるべき家系として役割りを持っている。しかし、自分はどうだろう。どうしてここにいるのか、確かに長く住んだ、皆よくしてくれている。悪い場所ではないのはわかっている。ただ、誰もかれも、この村に来た逸話や、父が残したとか、そういう人が紡いできたものが見えてくる。それがまばゆいほどに羨ましかった。
彼にはそんなものはない、ただどこかで捨てられ、たまたま、運良く育ててもらえたにすぎない。本当にありがたいことだ。だから、学校を卒業したら、旅に出ようと、そう、ニクスは決意し準備している。
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コンシオ村の小さな小学校は、十歳で入学し、十三歳で卒業となる。1年区切りなので、卒業するときはみな一緒に卒業する。今回は、ニクス、リアナ、シェスト、ガルストン、その他二名という構成で、村としては規模が大きくなりそうだった。時代が進むにつれ、子供が何も知らずに肉体労働できる時代ではなくなってきた。そこで、読み書き、世界の情勢、機械など様々なことを、魔術、武術をざっと教えるのが、このコンシオ学校である。
村総出で運営されており、魔法についてはリアナの祖母、メルナ婆さんが教壇に立つ。工作や世界の情勢の話ではギグ爺さんが教壇に立つこともある。
シェストは思っていた。どうして、祖父のように、父のように、筋骨隆々に生まれなかったのだろうかと。背もやや小さく、細身の彼には、重武装を扱うのは困難だった。そう、シェストは祖父、ギグにあこがれていたのである。自分も、冒険ができたらなと。でも、シェストはわかっている、今の体力では土台無理だろうと。それに、離れたくない理由もあった。ギグ爺さんに旅の仕方を習っているニクスとは仲が悪いわけではないが、冒険に出れる彼を羨ましく思ってしまうのである。
シェストは熱中して魔導具をつくっている、それは三十センチほどの長さの細長い何かにとってのついたようなものを組み立てている。祖父ギグの残した資料や教えてもらったことを総動員して、魔道具を作っているのだ。自分なりの武器を。
魔法陣の線に相当するラインを、きめ細かく彼は書いていく。特殊な液体インクのペンである。慎重に慎重に、作業を進める。ここはやり直しが難しいところだ、彼はもう没頭して、魔導の文様を的確に書き連ねていっていた。
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学校の昼休みにガルストンは、みんなに放課後、いつもの場所で落ち合わないかと伝言をしていた。そこは、少し村から離れた、元天文台である。今は誰も使っていない。
「よし、みんな揃ったな?」
ガルストンは皆を眺めながら言う。
「いつも思うんだけど、なんで私って誘われてるわけ?」
「まぁ、いいじゃないですか、ね、とりあえず、ガルストン、今日は何を企んでるんです?」
シェストは怖がりだが、いつものメンバーなので、気楽に話しかけている。
「今度怒られると、旅に出る資金減額されかねないから、内容によってはパスだぞー」
「まぁ、きけ、卒業式って言っても、結局は大人が、形式通りに、賞状を渡していってはい終わりだろ?やっぱさ、俺は能動的に、卒業する者たちが、何か記念を残す、そんなことをするのがいいと思うんだ」
「確かに、卒業証書と言っても、なにかの技能を示す効力はないし、村長の長話聴いて退屈に終わりそうだよなぁ」
「だろう?だから、記念を残そうぜ」
「残すといっても何を残すのよ?」
「ニクスは旅に出るし、俺も大陸、兵士志願で村を出る。だからな、帰ってきたときとかに、俺たちは確かにここで暮らしたんだぞって、そういう証明みたいなのを、それもたやすくではなく、皆で頑張ってのこしたわけよ」
「そうですねー、名を刻んだ石碑でも建てますか?」
「えー生きてるうちにお墓みたいなの建てるの?」
「石碑になお刻むのはお墓だけとは限りませんよ、建国の石像とかもそうです、結局は残したい思いというのは石碑や石像に名前という形が通例です」
「いいねぇ。すごくいい!」
「えー、私は嫌だなー」
「どうしてです?」
「私もシェストも村に残るんだよー、村の近くでたびたび見かけるようなら、なんか私たち二人だけ旅立たなかった、勇気がないみたいじゃない」
「なら、どこか遠くで、見晴らしの良い、あまり知られていない場所に建てるのはどうだ?」
リアナは建てる流れを止められそうにないことを残念に思いげんなりしている。
「だったら、高いところ、村の裏手の山、高いところからだと海まで見えるだろうし、いい場所あるんじゃないか?」
「なら、石碑を持って探すとしよう」
「そうはいいますけど、頑丈な石碑の材料はどうするんですか?」
そう言われ、ガルストンは不敵にほほ笑む、待ってましたと。
「実はな、特注の材料を俺は持っている。いや、この日のためにコツコツと集めてきたといってもいい」
「お前ってホントそういうことマメだよな」
「まかせてくれ、アダマンティウムがある、いけるか?」
「またとんでもない鉱石を……分量さえあれば、あと、刻む文字ですね」
「刻む文字は俺に決めさせてくれ」
「でも、それ誰が運ぶのよ?」
「ふん、俺を舐めてもらっちゃこまる。俺が運ぶ」
「言うと思った」
こうして、卒業式とは別で、大がかりなことをすることになった。
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村は、卒業もまじかとなり、新しい世代の風を待ちわびていた。
特に今年は、村のイタズラ四人組の卒業だ、これを機に、良き方向に行ってくれればと願うものも少なくない。
村でこれまで過ごしていた少年少女たち。卒業するものからは旅立つものも出るだろう。
世界は変わっていく。それは良くも悪くも。失敗して、戻ってきても、きっとこの村は彼らを受け入れるだろう。
なんだかんだ言われているが、イタズラ四人組も今後の村を担うものとして頼りにされているのであった。