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84. 道は幾つも ◇

「少しだけ、私のことを語ってもよろしいでしょうか」


 私が頷くと、ニコルさんは話し始めた。彼女の過去を。


「私には昔、婚約者がいました」


 10歳の頃に親が決めた婚約者。相手は伯爵家の長男だった。

 引き合わされた二人はすぐに打ち解け、幼なじみのように仲良くなった。笑顔の素敵な、優しい人。騎士になりたいというニコルさんの夢を応援するよと言ってくれた。


 男性にすら厳しい騎士の訓練は、女性の身には過酷なものだったろう。だが婚約者の存在が彼女を支えた。

 そうして辛い訓練を経て見習いから騎士へと昇格した頃。彼とその父親が突然シェロン家を訪れた。

 二人は二コルさんとその両親に向かって頭を下げ、「婚約を解消させて欲しい」と言った。


 ニコルさんが訓練に勤しんでいる間に、彼は別の恋人を作っていたのだ。

 彼女より三歳下で、可愛らしくて大人しいご令嬢だったらしい。


「君には大変申し訳ないと思っている。だけど俺には伯爵家の後継ぎとして、家を守り支えてくれる妻が必要なんだ」


 そう言って頭を下げる婚約者を、ニコルさんは呆然と眺めるしかなかった。

 当然のことだがシェロン子爵夫妻は激怒し「訴えてやる」とまで言っていたらしい。だが彼女は両親を宥め、法律に則った慰謝料を貰ってその件を終わりにした。


「そう……。貴方にもそんなことが……」

「彼らは常に、若く美しく従順な女性を選ぶ。きっと、男性とはそのような(ことわり)に生きるものなのでしょう」


 本当にそうだろうか。

 少なくとも、フェリクス殿下はそのような方ではないと思う。

 だけどここで口を挟むべきでないのは分かる。私は黙って耳を傾けた。


「婚約解消を受け入れず、意地でも彼と結婚する選択肢もあったでしょう。だが私には、他の女性を愛する殿方と添い遂げる自信は無かった。それに……私には騎士の道がありましたから」


 そこまで喋った後、彼女はイザベル様に向かって一礼した。


「差し出がましいことを言って申し訳ございませんでした。私の過去など、イザベル様のお辛さの足下にも及ばないでしょう。ですが貴方様の置かれた状況は、覆しようがないもの。道は一つではございません。イザベル様が健やかにお過ごしになれるような生き方が、どこかにあると私は信じたい」

「別の、道……」


 そう呟いたイザベル様は、まるで憑き物が落ちたように穏やかなお顔だった。目を覆っていた、どろりとした光りはもう無い。



 

 数日後、私たちはようやくシニャック公爵家から出立することになった。

 狼藉者がすべて捕まったという連絡が入ったのだ。やはり、デルーゼ王家に対して頑強に反抗を続けていたレジスタンスの一派だったそうだ。デルーゼへと護送された彼らがどうなるかは……教えてもらえなかった。


 イザベル様のことはシニャック公爵にお伝えしていない。彼女が持っていた残りの魔石は、私がその場で浄化した。今後どうするかはイザベル様が決めることだ。これ以上、私が口出しすべきではないと思う。



「もう出立するの?もっといてくれていいのに」

「夏休みが終わるまでには、試験を終えて国へ戻らなければなりませんので……。名残惜しいですがお暇致します。公爵様、ゼナイド様、イザベル様。長居してしまったにも関わらず歓待していただき、本当にありがとうございました」

「アニエス様のおかげで、妻はこの通りすっかり元気になりました。感謝しております。またエルヴスへいらっしゃる機会があれば、是非我が家へお立ち寄りください」

「アニエス様、道中の無事を祈っておりますわ」


 にこやかに送り出そうとして下さる公爵夫妻。イザベル様はその後ろに黙って立っている。だけどそのお顔は以前のような張り付いた笑みではなく、自然な表情に見えた。私がそう思いたいだけなのかもしれないけれど。


「イヴォン殿下もお元気で」

「アニエス。試験が終わったらさ、僕の国に遊びに来てよ!」

「ええ。機会がありましたら……」

「きっとだよ。そうだ!僕の妃にならない?父上も君を気に入ると思うよ!」

「えっ……」

 

 流石に驚いてしまった。

 イヴァールの男性は多くの妻を持つんだっけ。私にまで声をかけるなんて、よっぽど女性が不足しているのかしら?


「申し訳ございません。私は、フェリクス王子の婚約者にと望まれているのです」


 婚約が決まっていることまでは言ってないので、ぎりぎり大丈夫。多分。


「それ、誰?」

「ラングラルの第二王子殿下ですよ。そうですか、そのようなお話が」

「そう……第二王子と……」

「まあ。それはおめでたいこと。アニエス様、どうぞお幸せになって下さいませね」

「はい、ありがとうございます」


 はにかみながら答えた私を、ゼナイド夫人は優しい表情を浮かべて見つめている。イヴォン殿下は若干拗ねたような顔をしていらっしゃるけど。


 そうして私たちは公爵夫妻とイヴォン殿下に見送られながら、クレシア教国へ向けて出発した。


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