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83. イザベル夫人の苦悩 ◇

 白状したことでタガが外れたのか、イザベル様は立て板に水を流すような勢いで語り出した。


 シニャック公爵とイザベル様は、親同士が決めた政略結婚だったそうだ。結婚当初の公爵はイザベル様を慈しみ、妻として大切に扱った。いつしかそんな彼をイザベル様も愛するようになり、一人息子にも恵まれた。


「本当に幸せだったの。あの日までは……」


 エルヴス王国がデルーゼと新しい通商条約を結ぶことになり、その証として王家同士で婚姻をという話が持ち上がった。

 デルーゼ側が提案してきたのは、第二王女であるゼナイド様。だがエルヴス国の王子は既婚者か、既に婚約者のいる者ばかりだった。

 

 条約に合意したエルヴスの目的は、デルーゼの上質な油を有利な条件で輸入するため。だから、デルーゼの王女であるゼナイド様を側室という立場にするわけにはいかない。だが王子たちの結婚相手も、みな他国の姫君だ。彼女たちを側室に落としてしまったら、今度はその出身国との関係が悪くなるだろう。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、エルヴス国王の従兄弟であるシニャック公爵である。

 公爵は既に妻がいるからと一度はその話を断ったらしい。だがエルヴス王はゼナイド様を娶り、今の妻は離縁するか第二夫人にすべしと命を下した。

 

 国王陛下の命には逆らえない。やむを得ず公爵は婚姻を受け入れた。

 そうして、嫁いできたゼナイド様。彼女を一目見た公爵は、その若く美しく嫋やかな様子の虜となった。


 彼は新しい妻を寵愛し、イザベル様の部屋へ訪れることは全く無くなった。高価なドレスや宝飾品を惜しげ無くゼナイド様へ与え、社交の場へは彼女のみを同伴した。

 

「それは構わなかったのだけれどね。社交に出たところで、側室堕ちの女として好奇の目に晒されるだけだもの」とイザベル様が自嘲気味に呟く。


 しかもゼナイド様は、イザベル様を使用人のように扱った。彼女に悪気はなかったのかもしれない。他者に傅かれるのが当たり前の育ちをしてきたのだから。それを諫めるのは、夫である公爵の役目だったはずだ。だが公爵はそれを怠った。


 そんな辛い生活の中でも、イザベル様には一つだけ心の拠り所があった。今は他国へ留学している一人息子のレノー様だ。レノー様は優秀で健康であり、公爵の年齢を考えれば間違いなく次代の公爵になるだろう。そうすれば、イザベル様は公爵の生母として揺るぎない立場に置かれるはずだ。


 だがある日のこと。公爵はイザベル様に「レノーをゼナイドの猶子とする」と告げた。後継ぎのレノーが第二夫人の出では体裁が悪い、第一夫人の息子にする、と。

 寵愛にも関わらずゼナイド様にお子は授からない。第一夫人の今後の立場を配慮した故ということは、誰の目にも明らかだった。

 

 たったひとつの拠り所を奪われたイザベル様は絶望した。今までかろうじて抑えていた、ゼナイド様に対する憎しみが溢れ出した。

 

 そうして実家の伝手をたどって魔石を入手し、人形へ仕込んだ。それが一ヶ月前のこと。


「このまま魔石と共に生活していたら、ゼナイド様は命を失くしていたかもしれません」

「そうでしょうね」


 私の部屋へ魔石を仕込んだのは、ゼナイド様の病気を治したことに腹を立てたから、だったらしい。憎しみに支配された彼女は、もはや正常な判断力を失っていたのだろう。


「お苦しみは分かります。だけど、人を殺してまで幸せが得られるとは……」

「貴方に何が分かるって言うの!?」


 先ほどまで淡々と話していたイザベル様が突然金切り声を上げ、私とニコルさんを睨み付けた。その目に狂気の光が宿っている。


「貴方たちみたいに若く美しい女に、私の気持ちは分からないわ!」

「……いえ、分かります」と、沈痛な面持ちをしたニコルさんが絞り出すような声で返した。


「二コルさん?」

「私には、分かるのです」


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