幕間1. 壁と君のあいだに
ジェラルドの説教が一通り終わったところで、セヴランは退室していった。
「それじゃあ私も」と言いながらそそくさと立ち去ろうとしたところで、肩を壁に押しつけられた。更にジェラルドが両手を壁に付けたため、彼と壁の間に挟まれてしまう。つまりは壁ドン状態である。
「何すんだよ」と言いかけたが、ジェラルドの顔を見て言葉をひっこめた。完全に目が据わっている。
美形は凄んでも美形なんだなあ、なんて暢気なことを考えている場合ではない。額には青筋が立っていて、全身からは目に見えそうなくらい、怒りのオーラを発している。
まだ説教し足りないのだろうか。
ていうか、顔が近過ぎない?
「ちょっ、近い近い!ジェラルド、少し離れて……」
「自らの身体を餌にして、兵どもを誘ったというのは本当か?」
うげっ。そこまで知っていたのか。
「うん、まあ……勝負に乗らせるために、ね」
「無茶をする。負けたらどうする気だったんだ。……それとも、あのような下郎どもに拐かされたい癖でもあるのかね?」
「んなわけないだろ」
そんな性癖は持っていない。
「先ほども言ったが、どれだけ君が強くとも万が一ということがあるだろう」
「億が一にもそんなことはないけどな。本当にヤバくなったら幻影術で逃げるという手もあるし」
だいぶ昔の話だが、賭け事に負けて娼館へ売り飛ばされそうになったことがある。相手は詐欺師だったらしい。若い私はそれに気付かず挑発に乗った挙げ句、有り金をすっかり巻き上げられてしまった。
売人の所へ連れていかれる前に、闇精霊の幻影術を使って何とか逃げたのである。
今思えば、あの詐欺師は売人とグルだったのだろう。それを知ってりゃあ、まとめてぶっ倒してやったんだけどな。当時は単純に賭けに負けたと思っていたから、そのまま街からもトンズラしたんだ。
そんなことをジェラルドに話したら、また怒り出しそうだな。黙っておこう。
「そうか」
納得したのか、彼はようやく手を離して私を解放した。先ほどの怒気オーラは消えている。
「安心した。君の特殊性癖を満たすために俺はどのように振る舞うべきか、真剣に悩ねばならぬところだった」
「そんなことで悩むな」
「手酷く扱われるのが好みというのならば、今この場で手荒な事をしてやっても良いが」
「だからそんな性癖無いってば!……ったく、昼間っから何を言ってるんだ」
普段の調子が戻ってきたようだな。
常に助平方面へ舵を切るその姿を、普通と判ずるのもどうかと思うが。
「夜ならいいのかね?」
「よくねえよ。下ネタから離れろ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自室に戻った俺は深く息を付いた。
俺としたことが、感情的な態度を取ってしまった。
……いかんな。
シャンタルのこととなると、我を忘れてしまう。
あの下郎どもは勝てばシャンタルを一晩好きに出来ると聞いて、勝負を受けたらしい。奴らは彼女の身体を眺め、それを抱く様を妄想したであろう。そう考えただけで腑が煮えくり返る。
あの滑らかな白い肌に触れて良いのは俺だけだ。他の男が淫らな目で見ることさえ、許し難い。
もっと早く彼女を手中に収めていれば、こんな苦労はしなかったろうに。
……いや、そうでもないか。
彼女のことだ。俺のものになろうとも、その破天荒な生き方は変わらないだろう。
そこが魅力的でもあるのだが。
それにしても……。
女を落とすのにここまで手こずったのは初めてだ。
フェリクスの事を言えた義理ではない。
無理を言ってもぎ取った休暇のおかげで、シャンタルとの距離は縮まったように思う。
だが、その先へ入り込めない。まるで見えない壁があるかのように。
男嫌いというわけではなさそうだ。貞淑だから?それも違うような気がする。
恋人がいた期間もあるらしい。言動から察するに、生娘でもなかろう。
ならば、なぜここまで頑なに、俺を拒絶するのか……?
彼女の心を取り巻く壁。その理由が知りたい。壁を壊しその奥へ進むために。
女性はすべからく自分に惚れると思っているジェラルド。ですがそんな彼だからこそ、シャンタルが奥底に抱える鬱屈に気付けたのでした。




