69. 混乱は珍客と共に(2)
フォルネ子爵の屋敷へ戻ると、当然のようにジェラルドもいた。クレッタにいる間はここへ滞在するらしい。
夕食を取った後は子爵に誘われて三人で夜酒を飲んだ。つらつらと会話を楽しみながらワインを傾ける。
「ところで、ジェラルドはいつまで滞在するんだ?」
「休暇も兼ねているので1週間くらいの予定だ。ここのところずっと休み無しだったからな。子爵、すまないが世話になる」
「いえいえ。殿下にご滞在頂けるとは大変光栄です」
子爵は完全に営業スマイルだった。
本心は迷惑なんだろう。王弟が泊まるなんてそれだけでも気を使うのに、相手は長逗留する気満々なんだから。
うちの上司が、本当に済まない。
「そんなに休んで仕事は大丈夫なのか?」
「フェリクスに任せてきた。アニエスが居なくて寂しがっていたからな。仕事に集中させた方が気も紛れるだろう」
「甥に仕事を押しつけてきたのか……。呆れたな。そこまでして休みたかったのか?」
「君に会うためなら、どんな手を使っても時間を作るさ」
「何を言って……」
あ゛っ。
子爵が(そういうご関係でしたか)という顔をしている。
違う、誤解だ……!
「シャンタルはここでどのように過ごしてるのだ?」
「朝いちで鉱山の見回りをした後は、アベルの工房にいるよ」
「それは、かなり暇を持て余してるのではないか?」
「別に。研究に精を出せて有難いくらいだ」
本当は暇なんだけど。そんなことを言おうものなら、押し掛けて来そうだからな。
「明日は休日で鉱山も閉じますから、外出されても問題ないですよ。この近くのシェヴルには行かれましたか?観光客にも人気の街でして」
「シェヴルか。一度訪れたことはある。なかなか風光明媚な場所だ。シャンタルは行ったことがないのだろう?よし、案内してやろう。確か川魚の料理が名物だったな」
「ええ。行かれるなら街の西側にあるバイヨの店がお勧めです。あの店は料理も美味ですが、ワインの品揃えも良いのですよ」
「ほほう。なら昼食はその店にするか」
私が行くとも言っていないのに、話が勝手に進んでいた。
しかもその後、「私はお先に失礼致します。お二方はどうぞ、ごゆっくりなさって下さい」と子爵が退室していった。
気を使われた……。
「どうするんだよ。あれは完全に私たちの仲を誤解しているぞ」
「俺は一向に構わんが」
「私が構うんだよ!………………求婚は断ったはずだ」
「諦めると言った覚えはないな」
こ、こいつ。しれっと言いやがった……!
求婚のことまで言いたく無かったのけど、きっぱり断らねばと思って持ち出したのに。
「明日の遠出が楽しみだな。お忍びだからラフな格好でいいぞ」
「一緒に行くとは言ってない」
「朝食が終わり次第、出発するからな」
どうしてこう、人の話を聞かない奴らばかりなんだ……。
その後も軟体動物のようにのらりくらりと抗議を交わされ、結局明日は出掛けることになってしまった。
「頭が痛くなってきた。もう寝る」
「なに、それはいかんな。部屋まで送ってやろう」
誰のせいだっつーの。
「子供じゃあるまいし、一人で戻れる」
「遠慮するな。なんなら、ベッドまで運んでやってもいいぞ?」
「お断りだ!!」
貞操の危機を感じるので全力でお断りしておいた。




