68. 混乱は珍客と共に(1)
「シャンタル様、お久しぶりです!このたびは無理なお願いを聞いていただいて申し訳ありません」
「元気そうだね、アベル。構わないよ。私も一度鉱山の様子を見てみたいと思っていたし。そちらが奥さんかい?」
アニエスが旅立った後、私はフォルネ子爵との約束通り、クレッタ鉱山へ赴いた。出迎えてくれたのは精霊士アベルとその妻、ノエラだ。
ノエラは鉱夫長ジョスの娘で、よく笑う朗らかな女性だった。笑うと出来るえくぼがチャーミングだ。
アベルは家事が苦手ですぐに家の中を荒れ放題にしてしまうため、見かねたジョスの嫁さんと娘さんが時々掃除をしに来ていたそうだ。そうこうするうちに、娘のノエラと恋仲になってしまったんだとか。
アベルは既に鉱山にとってなくてはならない人材となっている。ジョスや鉱夫たちは二人の結婚を大歓迎したそうだ。フォルネ子爵からも多大な祝い金を頂いた、と少し照れながらアベルが語った。
「2週間ほどで戻ってきますので、よろしくお願いします」
「急がなくていいよ。新婚なんだ、ゆっくり旅をしておいで」
鉱夫たちから持たされた大量のお土産を抱えたアベルとノエラは、手を振りながらヴェルテへ向かって旅立っていった。
「暇だな……」
クレッタに滞在して1週間。
既に日課の鉱山の見回りは済ませた。夜は泊まらせてもらっているフォルネ子爵の屋敷へ戻るが、それまではすることがない。
昼間はアベルの工房を借りて研究をしているけれど、毎日家の中に籠もっているのも飽きてきた。
明日は休日だし、子爵に馬を借りて遠乗りにでも行ってみようか。なんて考えていたら、騒がしい声が聞こえてきた。何だ?
外に出てみると、町の入り口の方に人だかりができていた。鉱夫だけでなく、鉱夫の奥さんや娘さんたちも集まっている。先ほどの声は彼女たちのものらしい。
「むさ苦しいところですが……」
「何のなんの。このように美しいご婦人方がいるではないか」
フォルネ子爵ともう一人。あの聞き覚えのある声は……。
「ジェラルド!?」
私に気づいたジェラルドがつかつかと近寄ってきて、私の右手を取った。
「やあ、シャンタル。今日も麗しいな」
そう言って私の手に口付ける。女性たちがきゃあっと黄色い声を上げた。
私は慌てて手を引っ込める。
「どうしてここに?」
「視察だ。フェリクスの代理でな」
フォルネ子爵が微妙な顔をしている。
本当に代理なのか?
「子爵、まずは鉱山を案内してもらえるか」
「かしこまりました」
「シャンタル、後でな。みな、それでは失礼するよ」
ジェラルドは観衆に向かってにこやかに手を振った。
きゃあきゃあと騒ぐ女性たちに、ウィンクまで追加するサービスっぷりだ。
うおおい。鉱夫たちがお前を睨んでるぞ。気づけよ!
奴が去った後、私は鉱夫や奥さんたちから質問攻めにされた。
「ねえねえシャンタル先生、あの方、先生の恋人?」
「ち、違う違う!!」
「またまた~。王族に見初められるなんて、さすがはシャンタル先生ね」
「あんな格好良い人、初めて見たわねえ。うちの旦那とは大違いだわさ」
「目の保養よね。先生が羨ましいわあ」
「頼むから人の話聞いてくれない?」
「先生、もしやあの男に付きまとわれてるんですかい?」
「俺たちのシャンタル先生をコマそうってのか。困ってるんならいつでも言って下せえ。アイツにちいっと痛い目見せてやりますよ」
「気持ちは有り難いがやめといてくれ……。相手は王弟だ。不敬罪で捕まるぞ」
「何の。騎士だろうが王族だろうが、鉱山の中じゃあ俺たちには適わないっすよ」
噴き上がっている鉱夫たちを宥めるのには苦労した。これ以上ここにいたら、また騒ぎに巻き込まれそうだ。
今日は早めに屋敷へ戻ろう……。




