66. 卒業祝い
「フェリクス様、ご卒業おめでとうございます」
春の終わりにフェリクス様は王立学園を卒業された。
卒業生を集めたパーティは既に終わり、今日は家族だけで集まってささやかなお祝いをするそうだ。私も婚約者としてその席に呼ばれている。
「これ、精霊石で作ったカフスボタンです。防御の術がかけてあります。良かったら使って下さい」
「ありがとう!大事に使わせてもらうよ」
卒業祝いに渡すため、お師匠様に取り寄せてもらった光の精霊石だ。といっても、本当に小さな小さな石なんだけど。私のお小遣いではこれが限界。
庭園にしつらえたテーブルには、国王夫妻やアルフレッド王太子夫妻、ジェラルド殿下にブリジット殿下もいらっしゃる。
王族の方が一同に介したのを見るのは初めてかも。ラングラン家はみなさん美形なので、すごく煌びやかだ。
私がここにいるの、すごく場違いな気がする……。
「アニエスは精霊士の試験を受けにクレシアまで行くのでしょう?帰ってきたら、色々聞かせてね!」
「はい、ブリジット殿下。合格の報をお聞かせできるよう頑張ります」
「アニエス。私も妻も、もちろんここにいる一同、君の道行きに幸あらんことを祈っている。良い知らせを心待ちにしているよ」
「ありがとうございます、陛下」
柔らかく微笑んで激励の言葉をかけて下さる陛下や皆さんに、胸が温かくなる。この方たちのためにも頑張って合格しなきゃ。
「ああ、そうだった。君に同行する護衛騎士を後で紹介しよう」
フェリクス様の言に、私は首を傾げる。護衛?
「シャンタル殿から聞いていないのかい?」
「未成年、しかも王族の婚約者ですもの。一人で他国まで出すわけにはいきませんわよ」
そうなんだ……。さてはお師匠様、わざと黙ってたんだわ。
もう。意地悪なんだから。
「はは。シャンタルらしいな」
それを聞いたジェラルド殿下が愉快そうに笑った。
「お兄さまったら、自分が一緒に行くって聞かなかったのよ」
「うん、あんなに駄々をこねるフェリクスは久々に見たね」
「兄上、やめて下さい!ブリジットも……」
王妃様から後は二人でゆっくりしなさいなと言われ、私はフェリクス様の私室へお邪魔した。机や本棚が綺麗に整頓されている様子は、いかにも彼らしいと思う。
「俺も旅に同行したかったのだが……」
「仕方ないですよ」
留学でもないのに、王子様が2ヶ月も国外に出るわけにはいかないものね。
彼は少ししょんぼりした顔で「二ヶ月以上も会えないなんて」と呟いた。
正直に言えば私も少し寂しい。フェリクス様にお会いしてから、半月以上顔を合わせなかったことはないもの。
そんなことを考えていたら、突然フェリクス様に両肩を掴まれた。
「危険なことは決してしないと約束してくれ。旅先で怪しい人に声をかけられても、ついていってはいけない。あと生水にも気をつけて」
子供扱いされてるみたいで、ちょっと可笑しい。
それだけ心配してくれてるのよね。
「それと……」
まだあるのか、と思ったら。
少し恥ずかしそうな顔の彼が「口付けして良いか?」と言った。
びっくりしつつも「えっ……はい。どうぞ」と答え、ぎゅっと目をつぶる。
胸がうるさいくらいドキドキと音を鳴らす。
初めてだからやり方がよく分からないけど、これでいいのかな……。
フェリクス様の唇が、私の唇にそっと触れた。
そのまま強く抱きしめられる。
「待っているから。必ず、無事に帰ってきてくれ」




