63. 新しい年
「精霊振興部?」
「そうだ」
春の終わりも近い学年末。私はジェラルドに呼ばれて学園長室に赴いた。
もうすぐ成果発表会があるので、生徒たちは資料の作成や発表の練習に追われている。私もここのところは準備のため、毎日学園へ出勤している状態だ。
「精霊術を国内へ広めることを目的とした部署を新設することになった。軌道に乗るまで、部署長は俺が努める。いずれはフェリクスへ譲ることになるだろうが」
冬にラングラルを襲った流行病を抑えたことで、精霊術の評価はうなぎ登りに上がっているらしい。この勢いを逃さず、国中へ意識を行き渡らせたいのだと彼が話した。
ちなみに、マティアスが私やアニエスへの恨みから魔石を持ち込んだことは伏せられており、王族と重臣しか知らない。
「そこで、君には精霊振興部の特別顧問になって欲しい」
「それは構わないが。部署員は二人だけなのか?」
「いいや。官僚の中から選定中だ。それと、できれば若い者も欲しくてな。君の教え子ならば、知識も十分だろう?」
「分かった。来年卒業する生徒のうち、優秀そうな者をリストアップしておく」
「話が早くて助かる。それから、精霊術の成果発表会には人事部門の者も見学に行かせるから、そのつもりでいて欲しい」
成果発表会の日は、学園が一般に解放される。とはいえ、見学に来るのは教師と生徒の親だけがほとんどらしいけど。
「色々と責任重大だなあ」
「大精霊士殿の手腕に期待しているぞ」
「ははは。ま、何とかするさ」
「話は変わるが、もう一点」
ジェラルドが椅子に座り直して、机の上で手を組んだ。重要な話をするときに、彼がいつもやる仕草だ。
「アニエスのことだ。彼女が正式に精霊士の資格を取る時期は、いつになりそうだ?」
「具体的な時期は考えてなかったな。それがどうかしたか?」
「実は、重臣たちから婚約の正式発表をせっつかれていてな」
フェリクス殿下とアニエスの婚約は内定状態のため、一般には広報されていない。そのためか、現在フェリクス殿下には縁談が山ほど持ち込まれているとのことだ。
国内の貴族たちには内定情報が流れているので、縁談を持ち込んでいるのは専ら、国外の王族や貴族たちらしい。
「幸いといっては何だが、相手は訳ありの令嬢ばかりだ。今のところはそれを理由に断っているのだが……」
17才になる王子に婚約者がいないというのは、異例のことだ。つまり、フェリクス殿下は何らかの瑕疵がある男と思われている可能性が高い。
そのため、問題のある令嬢を押し付けるにはちょうど良い相手と見做されているのだ。
婚約を発表できないのはアニエスの為だから、彼には少々申し訳ない気持ちになる。
「断るにしても、角が立たないよう気を使わねばならん。ただでさえ忙しいのにと大臣どもがぼやいている」
「今のアニエスの力量であれば、問題なく精霊士試験に合格できると思う。ちょうどもうすぐ夏休みだ。試験を受けるよう、本人に言ってみるよ」
「受験には時間がかかるのか?」
「試験自体は数日で終わるけど、クレシア教国まで行かなきゃならないんだ」
「クレシアか……。ここからだと片道でも一ヶ月近くはかかるな。君は同行するのか?」
「いいや、一人で行かせるよ。試験への道行きも、修行のうちだ」
そう、師匠に教わった。だから私も一人でクレシアまで行ったんだ。
「だが、仮にも王族の婚約者を一人旅へ出すわけにはいかん。護衛は付けさせてもらうぞ」
「分かった。そっちは任せるよ」
学園長室を辞した私は、「ふぅ……」とため息をついた。
緊張した……。
結局あの後、ジェラルドからの求婚は断った。
私は誰とも家庭を持つ気はないから、と。
彼が「分かった」と言い、その話は終わりになった。
あれから気まずくて、あまり顔を合わせないようにしていたんだ。
しかし……。今日のジェラルドは平然としていたな。
もしかして、大して気にしてないのか?
私だけがやきもきしてたってことか……。あ、何だか無性に腹が立ってきた。
もう、あいつの事は考えないようにしよう。




