幕間3. 過去と未来と
61話と62話の間くらいのエピソードです
俺はいつだって、彼女を喪った日の嘆きを思い出せる。
それなのに。
絶対に忘れないと思っていた彼女の声も、抱きしめた身体の感触も、時間が経つにつれ薄れていく。
それがどうしようもなく、もどかしかった。
毎年、彼女がいなくなった場へ赴いた。エリザベスが最後にいた場所へ行くことで、せめて彼女の残り香に浸りたかった。
この十年、俺の心は囚われたままだった。
あの日、救いの女神が現れるまでは。
シャンタル・フラメル。
第一印象は最悪だった。
王族相手にも敬語を使わない傲岸不遜な態度に、豊満な肢体を見せつけるような服装。
下品な女だと思った。
同じ精霊士だというのに、淑女の鑑のようだったエリザベスとは似ても似つかない。
あの女が兄上や甥たちに取り入るのを、苦々しく思っていた。
俺がしっかり見張らねば。
いつか尻尾を出すに違いない。そうしたら、この国から放り出してやる。そう考えていた。
だが、彼女は俺の心を解き放ってくれた。
散々無礼な態度を取ったことも、笑って流してくれた。
シャンタルは聖母のように優しく、それでいて男にも負けぬ逞しい精神を持つ女性だ。
彼女はどんな難問にも屈することがない。笑いながらステップを踏むかのように、軽やかに乗り越えていく。
いつしか俺は、シャンタルから目を離せなくなっていた。
「やれやれ、ようやく収まるべきところへ収まったか」
甥のフェリクスが想いを実らせ、ようやく兄上から結婚の許しを得たと報告してくれたのだ。
「余りにも進展が遅いから、いい加減見ていてイライラしたぞ。女一人口説くのに時間をかけすぎだ」
「そういう叔父上こそ、今回は随分手こずっているじゃありませんか」
おや。フェリクスも随分言うようになったものだ。
女が出来た自信によるものか?まだまだひよっ子のくせに、生意気な。
「何を言うか。今は外堀を埋めているだけだ。物事には段階というものがある」
「ほほう。往年の女泣かせの手腕、とくと拝見させてもらわねば。なあ、フェリクス」
アルフレッドがニヤニヤしながら横槍を入れた。
言われなくても、存分に見せてやるつもりだ。
「チェスと同じだ。障害を一つ一つ剥いだ上で、キング、いやこの場合はクイーンを一気に攻め落とすのだよ」
「ああ……。いっつもえげつない手を使って勝ちますもんね、叔父上は」
「俺は二度と、叔父上とチェスをしたくないです」
「勝負は勝たなければ意味が無いだろう」
失礼な甥っ子どもだ。
俺は勝てない戦をしないのではない。
あらゆる手を使って、勝てる戦に持ち込むのだ。
「シャンタル殿が気の毒になってきました」
「俺は、彼女が逃げきれない方に賭けるね」
「それでは賭けにならないですよ、兄上……」
そうだとも。この俺が、狙った獲物を逃がすものか。
シャンタル。
どんな手を使おうが、卑怯者と罵られようが構わない。
俺は必ず、お前を手に入れてみせよう。




