61. 罪と罰 ◇
あれから幾日経っただろうか。
俺は連日、激しい拷問を受けていた。足の骨は砕かれ、爪もところどころ剥がされている。
身体中が痛くて、もう自力で歩くこともできない。
ぎいっと戸の開く音がして、「おい」と声をかけられた。
牢の外に男が立っている。
あいつは誰だったか……そうだ。ラングラルの第2王子だ。
「……間男野郎か」
「誰が間男だ」
「アニエスに手を出したじゃないか」
「俺が彼女に出会ったのは、貴様との婚約が一方的に破棄された後だ。貴様のような貞操観念の緩い猿と、一緒にしないでもらおう」
酷い言われようだが、口答えする気力も起きなかった。
「何の用だ」
「先日面通ししたリラ村の農夫から、証言が取れた。魔石を持ち込んだのは貴様に違いないとな」
そういえば、見覚えのない、みすぼらしい平民が騎士に連れられて面会に来ていた。「こいつです!」と言っていたような。
そうか。あの村で声をかけたのに、生意気にも断ってきた農夫だったか。
「マルセルはどうした。計画を立てたのは全て、あいつだ」
「密偵をハラデュールにやって調べさせたが、マルセル・ドラノエなどという商人は存在しなかった。……貴様は、捨て石にされたんだよ」
それでは、俺と一緒にいたあいつは何なのだ。
捨て石?どういうことか、さっぱり分からない。
「これで証拠も揃った。もうすぐ貴様の処刑が行われる」
「何だと!?俺は、由緒あるハラデュール国の王族だぞ!何のゆえがあってラングラルごとき小国が、俺を裁くというのだ」
「貴様のせいで亡くなった民は、数百人を越える。シャンタル殿の尽力で抑えなければ、もっと増えていただろう」
「貴族は死んでいないんだろう?民衆ごときが何人死のうが、知ったことか」
「……俺も王族である以上、その選民意識は分からないでもない。だが、どうしてそこまで無慈悲になれる?貴様も王子なら、民あってこその国家だと分からないのか」
「ふん。多少殺したところで、あいつらはまたいくらでも増えるだろう。お前は、虫を殺したら罪悪感を持つのか?」
目の前の男が絶句した。
俺は、間違ったことは言っていない。
王侯貴族が民衆を何人殺そうが、裁くことはできないはずだ。
「確かに貴様を民殺しの罪では問えない。だが我が国に魔石を持ち込み、多大な損害を与えたのは事実だ」
「それがどうした。金か?賠償金が必要なら、ハラデュールの父上に頼めば」
いくら除籍したとはいえ、父上は息子の俺を見捨てはしないだろう。
賠償金くらい、多少無理をしても出してくれるに違いない。
「ハラデュール国王は、一切の関与を否定している。マティアスなどという息子はいないそうだ」
「そんな……嘘だっ……!」
「諦めるんだな」
用は済んだ、と言って男が立ち去ろうとする。
「待ってくれ!そうだ、母上は?母上に言えばきっと……!」
格子にすがりついて懇願する俺を、奴は無慈悲な目で見下ろした。その目を、俺は知っている。兄が俺を見るときの……嫌悪と軽蔑の入り混じった視線。
「アニエスは貴様の助命を嘆願している」
「アニエスが……?そうか、やはりあの女は俺が忘れられな」
「それはない」
俺の言葉を切り捨てるように、男はきっぱりと答えた。
「彼女は、貴様の凋落が自分にも責任があると考えているのだ。俺はアニエスに、罪の意識を抱えたままでいて欲しくはない。業腹だが貴様に更正の余地があるなら、父上に減刑を奏上しようと思っていた。だが無駄足だったようだ」
そして今度こそ、男は後ろを振り向かずに去っていった。




