60. 最後の闘い
洞窟の中は、魔霊の出す瘴気のせいで一歩先も見えないほどの闇だった。
「光の灯火」
持ってきた精霊石のかけらで明かりを作る。
別に精霊石を使わなくても可能だが、今は力を温存しておきたい。
ちょろちょろと流れる水に沿って奥へ進む。
中には蝙蝠や鼠の死骸が転がっていて、歩きづらい。アニエスがいたら悲鳴を上げているかもな。
ほどなく洞窟の奥へ到達した。あまり深くないようだ。
壁から流れ出している水が、岩にくぼみを作っている。その中に魔石らしき物の入ったガラス瓶があった。
リラ村のものよりかなり大きい。その禍々しい気は、防御術を突き抜けそうな濃さだ。
魔石の前に立ち、ふうっと息を吐いて呼吸を整える。
そして、普段は抑えている精霊層との経路を一気に解放した。
私の周りに、精霊たちが集まってくる。
火。水。風。土。光。闇。
膨大な数の精霊が、様々な色の光を放ちながら私の周囲をぐるぐると回り始めた。
色とりどりの螺旋がうねる。
私は光の精霊に呼びかけた。
集まれ。もっと集まれ。
預かったペンダントを取り出して、両手で包む。
碧玉が光精霊に呼応して光を発し始めた。
「光の浄化!」
精霊石により増幅された強力な浄化術が、魔石へ向かう。
魔石が抵抗するようにその瘴気を強めた。
さらに魔霊たちが、私を阻もうと近寄ってくる。
彼らも生き残るために必死なのだ。
だが、必死なのはこちらも同じだ。
私の周りに集まった精霊たちが、次々と彼らを撃退する。
一進一退の闘いが続いた。
どれだけ時間が経っただろうか。
本当に、浄化はできるのか……?
気弱になる心を、私は叱咤する。
魔霊は負の感情を餌にするのだ。私の心に少しでも隙ができれば、この膠着状態はあちら側へ傾くだろう。
私はアニエスの顔を思い浮かべた。
次いで、この国で出会った人たちを。
フェリクス王子。
ジェラルド殿下。
国王夫妻やブリジット王女、アルフレッド王太子。
ロベール、パトリック。
アンナ、セリア。
ディアーヌや学園の生徒たち……。
私を取り巻く、愛しい人々。
この国に私が留まる理由は、もうとっくに、アニエスの為だけではなくなっていたんだ。
だから、精霊神よ。
彼らを護らせてくれ。
私の生命を使っていいから――!
ペンダントを強く握り、最後の力を振り絞った。
碧玉がいっそうまばゆい光を放ち、何も見えなくなる。
――ぱきん、という音がした。
私と精霊を襲っていた魔霊たちが、一斉に消えていく。
一気に、疲労を感じた。
身体中から力が抜けていくようだ。
足を引きずって水源を覗く。ガラス瓶の中で、魔石が粉々に砕けていた。
浄化は成功したのだ。
力が抜け、私はその場にへたり込む。
手をついた時に、ペンダントをまだ握っていたことに気づいた。
そっとペンダントを持ち上げる。
役目を終えたかのように、その碧玉が割れた。
「……ありがとう、エリザベス」




