表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/166

54. 元婚約者との邂逅 ◇

「それでは私は、馬車の始末をして参ります」

「そうか。ご苦労」


 話し声で目を覚ました。

 どこかで、聞き覚えのある声。


「ここは……?」


 知らない場所だった。

 私は後ろ手を縛られて、転がされていた。


「目が覚めたようだな」

「貴方は……!」


 一瞬、我が目を疑う。

 そこにいたのはマティアス殿下だった。

 無精ひげが生え髪もボサボサで、最初は誰だか分からなかったけど。


 ここはハラデュールなのだろうか。気絶している間に連れて来られた?

 今頃、お師匠様は心配しているだろう。

 何とかして私の居場所を伝えないと……。


 私はこっそりと光精霊を呼び出そうとした。

 だが、いくら精霊に問いかけても反応がない。


「おっと、精霊を呼び出そうとしても無駄だぞ。精霊封じの腕輪を着けさせたからな」


 腕に鉄の腕輪が填められている。精霊封じと言った?何故そんな物を、彼が持っているの……?


 右耳の痛みで、イヤリングが無いことに気づく。

 耳たぶから血が出ている。引きちぎられたのだ。


 婚約したばかりの頃、マティアス殿下に「何だ、そのセンスの悪い耳飾りは。みっともない、外せ」と言われた。俺の隣に立つのならば、もう少し見栄えに気をつけろと。

 外せないと答えると理由をしつこく聞かれ、精霊石のことを話してしまったのだ。お師匠様には、誰にも話すなと言われていたのに。


「なぜ、こんな事をするのですか」

「お前たちへの仕返しに決まってるだろう?魔石を買うのに、有り金をほとんど使ってしまったが。大金をはたいた甲斐はあったようだな」


 マティアス殿下がにんまりと笑う。


 この流行病の原因は、魔石が魔霊を呼び寄せたからだとお師匠様が仰っていた。

 まさか、殿下の仕業だったの?

 私たちに仕返するために……?

 そのせいで何十人もの人々が亡くなったことを、彼は知っているのだろうか。


「何て酷いことを……」

「酷いだと?」


 殿下がつかつかと歩み寄り、私の髪を掴んだ。


「お前たちがした事は酷くないとでもいうのか!?おかげで俺は笑い物だ。王族からも除籍された。全部全部全部全部全部全部、シャンタルとお前が悪いんだよ!」


 目は血走り、狂気をはらんだ顔。

 元婚約者の初めて見る狂気に、私は怯える。


「お前を人質に取れば、シャンタルも手は出せまい。精霊封じの腕輪さえ付ければ、大精霊士(アルカナ・マスター)とてただの女だ。弟子(おまえ)の前であの傲慢な女を犯してやろう。その後は、精霊士排除派のアジトにでも放り出すか。奴らに、嬲り殺しにされるかもなあ~?」


 ひゃははははは、と高笑いする殿下。

 まともな状態ではない。


「元婚約者のよしみだ。従順にしているなら、お前だけは助けてやってもいいぞ。俺の愛人にしてやろう。光栄だろう?」


 そう言いながら、彼は空いた方の手を私へ伸ばした。

 その手が私の胸へ触れそうになり、ゾッとする。

 

「触らないで、気持ち悪い!」


 思わず叫んでしまった。

 

 瞼に、フェリクス殿下の優しく笑う顔が浮かぶ。

 私に触れて欲しいのは。

 私が触れたいのは。

 貴方だけ……!


「誰が、貴方の愛人なんかになるものですか!」


 それを聞いたマティアス殿下が、みるみる怒りの形相になった。

 髪を掴んだ手を下ろし、私を蹴り上げる。


「うぅっ……」

「気持ち悪いだと!?平民の分際でこの俺を侮辱するか、このクソ女!」


 彼は痛みにうめく私の上へ馬乗りになり、さらに殴り続けた。

 痛みと恐怖で気が遠くなる。

 誰か……助けて……


「何をしている!」

「なんだお前たちは……ぐあっ」


 どたどたという足音と誰かの叫び声と共に、暴力が止んだ。

 そして、誰かが私を抱き起こした。

 この腕の暖かさを、私は知っている。


「アニエス!やっと見つけた……!」


 そこには、泣きそうな顔で私を抱きしめるフェリクス殿下がいた。

 

「遅くなってごめん。怖かっただろう」

「殿下……フェリクス殿下……」


 私は彼の名前を呼びながら、その胸にすがりついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ