49. 悪意の伝播 ◇
「最近、嫌なことばっかだなあ」
「だよな」
王都リフリールのとある居酒屋で、男たちがちびちびと安酒を飲みながら愚痴りあっていた。
週末の夜だ。普段ならば客で賑わうはずなのに、空席が目立つ。
「変な病気が流行ったせいで、景気悪いよなあ。大通り沿いにあった居酒屋、潰れちまったんだとよ」
「あそこの料理、美味しかったのにな。この店と違って」
「うちは嫁の父親が、例の病気で亡くなっちまってさ。あれからむっつり黙り込んじまって、家の中が暗くって仕方ねえよ」
「あー、お前んとこもか。俺は田舎の爺様が逝っちまったよ」
「お前らは商売続けてられるから、いいじゃねえか。俺なんか、街道の行き来が制限されたせいで商売上がったりだよ。このままじゃ、一家揃って首でも吊るしかねえ」
馬車夫らしき男が大きな声を上げた。他の男たちも、うんうんと頷く。
「俺の店だって、客がさっぱり来なくなったよ」
「うちの宿屋もだ。まあ、おかげでこうして飲みに来れるんだけどな」
「金も無いからあんまり飲めねえけどな。いっそ、うちのかかあを売っちまうか」
「お前の嫁なんて、金貰っても買わねえよ」
げひげひと男たちが下品な笑いをする。そのうちの一人が「女といえばさ」と話を切りだした。
「知ってるか?精霊士とかいう奴の噂」
「精霊士?なんか魔法みたいなのを使う奴らだろ」
「何でも、そいつらが病気を持ち込んだんじゃないかっていうんだ」
「それ、本当か!?」
「そいつらのせいで、俺たちはこんなに苦労してるってことか?王宮は何をしてるんだ。そんな奴ら、ふんじばってしまえばいいだろう」
「それがさ、大精霊士とかいう女が国王陛下に取り入って、騎士団も手が出せないって話だ。陛下や王弟殿下を色仕掛けで籠絡して、好き放題やってるらしいぜ」
「っかー、どんないい女か知らねえが、陛下もだらしねえなあ」
興奮状態になったのか、男たちは周囲の迷惑も省みず、大声でがなっている。
俺は隅の席でそれを聞きながら、エールをぐいとあおった。久々に酒が美味く感じる。
「首尾良く進んでいるようだな」
「はい。王都だけじゃなく、国中で精霊士の悪い噂が広まってますよ」
ラングラルの国民から、これだけ嫌われているのだ。
シャンタルはもう、この国にいられなくなるだろう。実にいい気味だ。
「……しかし、俺がわざわざあんな辺境まで行く必要があったのか?あの袋の中身は危険なものだったんだろう」
「この策は、私とマティ様で同時に実行する必要があったのですよ」
「そういうものか?まあいい。あとは最後の仕上げにかかるだけだ」




