4. ラングラル国の事情
貴族階級だろうとは思っていたが、まさか王子だったとは。
「我が国の機密に関わることだ。安易に真実を明かすことは出来なかった」
精霊は反応しない。本心からの言葉なのだ。
「そういう理由なら仕方ない。こちらも王子殿下に対して失礼な物言いをした。謝罪する」
「いや、構わない。話を続けさせてもらう。一ヶ月ほど前から、国王陛下は身体の不調に悩まされていた。絶えず幻聴のようなものが聞こえる、と仰っている。王宮医師は、疲労がたまっているのだろうと診断した。だが、しばらく静養して頂いても、収まるどころかますます酷くなったらしい。王宮医師の処方する薬も、全く効き目がない。そのため、通常の病気ではないのではという疑いが出てきた」
「先ほど精霊士を呼んだと言っていたな。そいつの見立ては?」
「十中八九、精霊病だろうとの回答だった。だが、彼には属性のない精霊だったらしく、いることは分かるが対処まではできないと」
精霊病。
それは、本来精霊の姿を見ることのできない者が、何らかの原因で、彼らの姿や声を聞けるようになってしまう病気だ。
精霊士や精霊使いであれば、それが精霊の仕業と分かる。だが、一般人には摩訶不思議な現象が起きているようにしか見えないだろう。訳も分からないまま精神をすり減らして衰弱し、最悪は死に至ることさえある病気だ。
「陛下は、精霊に長く触れる機会がおありだったのか?」
「俺は彼らの姿を見られないからな。何とも言えない」
この病気は、精霊と多く接してしまった場合に引き起こされる事が多い。知らず知らずのうちに、精霊の溜まり場に足を踏み入れてしまったのかもしれない。
だが、それなら他にも発症した人間がいそうなものだ。
「最近、どこか変わった場所に行かれたことは?」
「殿下。一ヶ月前と言えば、陛下がミスリル鉱山の視察に赴かれた頃では」
「!それだ」
ミスリル鉱脈は、その近くに精霊石の鉱脈を含んでいる事があるのだ。精霊石の近くには、必ず精霊が数多く出現する。
「なるほど。帰国次第、調べさせよう」
「鉱山はしばらく封鎖した方がいいですね」
「うむ。……話を戻すが、シャンタル殿。治療を引き受けて下さるだろうか?謝礼金は言い値で払う。金銭だけでは不足なら、我が城の宝物庫から望みのものを進呈するよう、父上を説得する」
私は高速で頭を回転させる。
これは願ってもない機会だ。
「私からの条件は、一つだけだ。私と弟子のアニエスを、ラングラン国へ移住させてほしい」
「「……は?」」
素っ頓狂な声を上げた二人に、私は事情を説明した。
「にわかには信じられないな。マティアス王子の評判は聞いているが、本当にそんなことを?」
王族であれば隣国の情報くらいは得ているだろう。あのバカ王子、さぞ悪評が広がってるんだろうな。
フェリクス殿下は難しい顔をしている。
我々を引き受ければ、ハラデュール国と軋轢を生みかねないからな。無理もない。
だが、私もこの機会を逃すつもりはない。
国王の病状と大精霊士の価値を考えれば、断ることはできないはずだ。弱みにつけ込むようで申し訳ないが。
殿下は意を決したのか、顔を上げてはっきりと答えた。
「分かった。あなたがたを我が国で受け入れよう」
「いいのか?」
「陛下のお命が最優先だ。俺が責任を持って、貴方とお弟子殿を保護する」