46. リラ村の浄化
「私はナタンから聞いた、東の村へ行こうと思う」
「リラ村ですか……。今は閉鎖しておりますので、兵士にはシャンタル殿をお通しするよう申し付けておきます。ですが、くれぐれもお気をつけて」
実に八割が発病したというリラ村の村民は、家族ともども別の場所に隔離され、医師の手当を受けているという。
ベルジェ伯爵の領主屋敷で一泊した後、私は護衛騎士と共にリラ村へ向かった。
村へ近づくにつれ、瘴気が濃くなっていく。
中はさらに濃く、昼間だというのに薄暗く感じるほどだ。瘴気が見えない護衛騎士たちも肌で感じているようで、気持ち悪そうな顔をしている。
「瘴気がひどい。ここからは私一人で行く」
「なりません。私たちはシャンタル様の護衛を申し付かっております。どうぞ、私たちのことはお気になさらず」
いや、気にせずと言われても気になるんだけど。
仕方ない。
「光の防幕」
私は自分と護衛騎士に光精霊の防御術をかけた。これでしばらくは瘴気を防げる。
三人で村の中を探索した。
どこもかしこも魔霊だらけだ。
放置された畑には、枯れた作物がそのままになっている。野犬が倒れており、その腐臭で鼻がまがりそうになった。人がいなくなった後に入り込み、瘴気にやられたのだろう。
瘴気の濃い所を辿って当てもなく歩いていくうちに、池に出た。
木の足場が見える。村民が水場に使っていたのだ。
今はどす黒く淀んでおり、魚どころか虫一匹も棲めなそうだ。ここが源で間違いない。
私は杖を右手でしっかりと握った。
この濃さだ。全力を出さなければならない。
呼びかけに応じて、杖の上に精霊が集まってくる。
もっとだ。もっと。
「光の浄化」
最大の威力で浄化の術を放った。
それでも押し返されそうになる。
数秒耐えきった後、パキン、と何かが壊れる感触がした。
その途端、魔霊たちが消えていく。
「ふう。浄化は終わった」
「お疲れさまです、シャンタル様」
「すごいですね……。あんなに淀んでいた池が綺麗になっている」
池は澄んだ水をたたえている。多分、これが元の姿なのだ。
しかし何だ?今のは……。
足場に立って池を覗いてみるが、深くて何も見えない。
「シャンタル様、どうされましたか?」
「今から池の水を抜く。すまないが、池の底に何かないか見て欲しい」
「はあ。しかし、水を抜くとは……?」
私は再度杖をかざして、池へ向かって術を放った。
「水の暴柱」
ゴォォという音と共に、池の水が上へ吸い上げられていく。
水はうねりながら柱状になり、水の無くなった窪地の上に浮いている。
「おお……」と呆けた顔をしてそれを眺めている護衛騎士たちに声をかけると、彼らは慌てて池のあった場所へ降りたった。
「シャンタル様、何を探せばいいのでしょう」
「私にも分からない。とにかく、変わった物が無いか探してくれ」
窪地の中は藻や死んだ魚でいっぱいだ。
彼らは泥だらけになりながらも、一生懸命探してくれた。とりあえず、草木や魚以外の物を見つけると岸へ運び出す作業を繰り返す。
「これでほぼ浚ったと思いますが……」
積まれた内容物のほとんどは、ガラクタだった。村人たちが捨てたのだろう。
水を元に戻した私は、ガラクタの山を漁った。
ぽいぽいとゴミを放り出しているうちに、光っているものを見つけた。
手を突っ込んで、ごそごそと取り出す。
光の正体はガラス瓶だった。中には砂と、砕けた黒い石が入っている。
黒い石からかすかに瘴気の痕跡を感じた。
「魔石だ……!」
先ほど感じた、何かが砕けた感触。あれは、光の浄化に耐えきれず割れた魔石だったのだ。
下に入っている砂は水面へ浮かび上がらせないための重石だろうか。
「魔石!?それが原因ということですか、シャンタル様」
「ああ、間違いない。魔霊は魔石に集まってくる。この水を飲んでいたらそりゃあ病気にもなるよ」




