44.侯爵家の母娘(2)
「お母様!何であんなことを言ったのよ」
アニエスが帰った後、私はお母様に詰め寄った。
だけどお母様は何を怒っているの?と言わんばかりの、シレっとした顔で答える。
「フェリクス殿下ご寵愛の娘となれば、探りを入れるのは当然でしょう」
「だからってあんな嫌味な言い方……。アニエスは私の大切な友人よ」
「貴方とアニエスさんのお付き合いに、口を出す気はありません。彼女が良い娘なのは、見て分かります。大精霊士とのコネクションも有用ですしね。だけど、それとこれは別よ」
母は、まだ私をフェリクス殿下の妃とすることを諦めていない。だからとっくに婚約していてもおかしくはない歳なのに、私の婚約者を決めずにいるのだ。
「フェリクス殿下にも困ったものね。彼女がお気に入りなら、側室になさればいいのよ。そして貴方が正妃になれば、すべて丸く収まるわ」
「あの殿下が側室なんてお許しになるはずがないでしょう。だいたい、ブルレックの家が黙ってないわ」
「全く……。殿下がもう少し頭の柔らかい方なら、貴方をこの歳までフリーにさせておく事もなかったのに」
母は知らないが。
フェリクス殿下が二人の娘のどちらも選べない、と言ったのは私たちのためでもあるのだ。当時の私はジェラルド殿下に夢中だったし、ブルレックの令嬢にも好きな人がいた。
彼はあの後、国王夫妻や両侯爵家から散々文句を言われたらしい。だけど私たち二人の名誉を守るために、黙っていてくれたのだ。
「殿下の性格は昔からだもの。今さらそんな事を言っても仕方ないでしょう。それに私はアニエスを差し置いてまで、殿下の正妃になりたくはないわ」
「何か勘違いをしているようですけれど」
お母様がぱちん、と扇を閉じた。その眼が厳しい光を宿している。
あ、これ怒ってらっしゃるわ。
「貴方はシャレット侯爵家の娘なのよ?王族か高位の貴族へ嫁ぐのは当然の義務です。貴方の好悪感情は関係ありません」
「それは、分かっていますけれど……」
「なら、文句を言うのはおやめなさい。これはフェリクス殿下にも言えることですけれどね。王族なのですから、貴族界へもたらす影響を考慮した上で、それなりの家から妃を選ぶべきですわ」
お母様の仰ることは正しいと思う。
私だって、侯爵家の令嬢たる自覚はある。それに、フェリクス殿下は敬愛できる方だ。
彼はきっと誠実な夫になるだろうし、私は良い妃として彼に仕えるだろう。
でも。
アニエスとフェリクス殿下が想い合っていることは、見ていれば分かる。
あの二人の間に入り込むなんて、私にはできない。




