表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/166

39. 蠢動 ◇

 始まりは些細な欲だった。


 ラングラル東の国境にほど近い村。周囲には畑くらいしかない田舎だ。


 彼は村の鼻つまみ者だった。

 元は農夫だが、飲んだくれてろくに仕事をしない。畑は人手に渡り、女房にも逃げられた。

 今は畑仕事の手伝いで日銭を稼いでは、酒に費やしている。


 ある日、彼のもとへ見慣れない男がやってきた。

 何だこいつはと思った。

 横柄な態度と高そうな服で、金持ちだということは分かった。それが俺に何の用だ。


 男はやって欲しい事があると言って、金貨を見せてきた。

 殺しか?と聞くとそうではないと言う。

 懐から袋を出すと、この中の物を近くの湖に沈めて欲しい、礼として金貨十枚をやろう、と男は言った。

 

 湖というより池と言った方が良いレベルだが、あるにはある。村の貴重な水源だ。

 実はここへ来るまでにも、男は何人かの村人に同じ依頼をして断られていた。飲み水にも使っている水源に、そんな訳の分からない物を入れられない、と。

 この飲んだくれは知る由も無かったが。

 

 そんな簡単なことで金貨十枚が貰えるなんて。

 この村じゃあ、十年働いても手に入るかどうか分からない金額だ。

 彼はその話に飛びついた。


 なぜ男が自分でやらないのか。なぜこんな辺鄙な村を選んだのか。

 少し考えれば、不審な点はいくらでもあっただろう。

 だが、金貨に対する欲が彼の目をくらませた。


 袋を受け取ると、ガチャリとガラスの音がした。

 壊れ物だ、気をつけろと男が慌てる。


 へいへい、分かりましたよ。丁寧に運べばいいんですね。

 そんな事を言って、彼は湖へ向かった。

 男はといえば、遠くの方からこちらを見ている。監視のつもりらしい。

 彼は袋の中身を湖に投げ入れた。

 ガラスの瓶に何か黒い物が入っているようだったが、すぐに沈んでしまったのでよく見えない。


 約束通り男は金貨を支払い、逃げるように帰っていった。

 何かヤバいものだったのか?と少しだけ思ったが、手に入った大金が彼の気を大きくした。

 金持ちが何かやらかして、証拠品を隠したかったんだろう。

 第一、この村の奴らがどうなろうと、俺の知った事じゃない。散々、俺のことを除け者にしてきたんだから。

 

 

 数週間後、彼の遺体が見つかった。

 最近は仕事もせず酒ばかり飲む様子を見ていた村人たちは、飲み過ぎが原因だろうと噂した。

 ろくでなしがいなくなってせいせいした、という者もいた。

 村人たちは墓地の隅に彼の遺体を埋め、それ以来彼のことを思い出しもしなかった。


 だが数日後、村に異変が起こり始めた。

 まず村の年寄り数人が亡くなった。

 今年の夏は暑かったからな。当初はそう楽観的に考えていた村人たちは、子供や女たちに病気が流行り出した時点でようやく、尋常ではないということに気がついた。


 みな高熱を出し、衰弱していく。小さい子供を亡くした夫婦もいた。

 しかも悲劇はそれだけにとどまらなかった。秋の収穫を前に、村の作物が枯れ始めたのだ。


 唯一その原因を知っている男は、冷たい土の中である。

 村人たちは訳の分からない事態に、ただただ翻弄されるだけだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ