38. お見舞いは突然に ◇
「暇だな……」
ベッドの中で呟く。
事故の後、お師匠様の治療術ですぐに傷は塞がった。
でも表面を塞いだだけで中まで治したわけじゃないから、と言われてしばらく学園を休んでいる。
することもないから勉強しようとしたら、飛んできたセリアさんに怒られた。
朝からずっと寝ていたから眠くない。
ベッドでうだうだしていたら、呼び鈴の音が聞こえた。
お師匠様のお客様かな?
でも、今日は留守だ。ジェラルド殿下に呼び出されたと言って、学園へ出かけてしまったもの。
来客の様子を知りたくなって、窓からこっそり外を見る。
門の前に、見覚えのある馬車が止まっていた。
あれは、王宮の馬車……?
もしかして、とベッドから飛び起きる。
パジャマ姿だったのに気がついて、慌ててワンピースに着替えた。部屋着だけど、パジャマよりはマシだ。
「すぐにお嬢様を起こして参りますので」
「いや、それには及ばない。休んでいるのなら無理に起こすことはない」
玄関でアンナさんと話す男性の声が聞こえた。
やっぱり、フェリクス殿下だ!
「連絡もなく、押し掛けたこちらが悪いのだ。見舞いの品だけ、彼女に渡してもらえるか」
急がないと、殿下が帰ってしまう。
ここ半月ほど、殿下は執務がお忙しくて学園には顔を出されていない。
次はいつ会えるか分からないのだ。
私は痛む足を引きずり、玄関まで走った。
「フェリクス殿下!」
「アニエス?」
「あ、アニエス殿だやっほー」
驚いた顔の殿下と、こちらに手を振るパトリック様。
それに気を取られてしまったのだろう。
階段を下りようとして、怪我をしている足に重心をかけてしまった。バランスを崩して、手すりを掴もうとした手が宙を舞う。
「きゃぁっ」
「お嬢様!」
私が転げ落ちそうになった瞬間、大きな腕に抱きとめられた。
「大丈夫か、アニエス」
顔を上げると、私の身体を支えているフェリクス殿下と目が合った。
そして、彼はひょいっと私の身体を抱き上げる。
「で、殿下!私、歩けますから」
「足に怪我をしてるんだろう?無理をするな。そこの使用人、すまないが彼女の部屋まで案内してくれるか」
「かしこまりました。こちらです」
そのまま、私は部屋まで運ばれた。
ひゃぁぁ。恥ずかしくて顔から火が出そう。
殿下は私の身体をそっとベッドへ座らせた。
「女性の部屋に許可なく入るのは無礼なことだと承知しているが、緊急時ゆえ勘弁してくれ」
「い、いいえ。ありがとうございます」
本で散らかった部屋を見られてしまった。
うう。片づけておくんだった……。
「叔父上から、アニエスが爆発事故に巻き込まれたと聞いたときは血の気が引いた。ひどい怪我ではなくて良かった」
「ごめんなさい、ご心配をおかけして」
「ああ、全くだ」
そう言いつつ、殿下が私を見る目はとても優しい。
お忙しいだろうに、私を心配して来て下さったのだ。そう思うと、嬉しくて胸が熱くなる。
「大人しく休んで、早く良くなってくれ。治ったらまた街へ出掛けよう。どこか行きたいところはあるか?」
「私は特に……。次は、フェリクス殿下の行きたいところに連れて行って下さい。私、殿下の好きなものが知りたいです」
「そうか。考えておこう」
病の身だからか、優しくされて気が大きくなったのか。
甘えるようなことを言ってしまった。
微笑んだ殿下は私の頭を軽く撫でて、帰っていった。
治ったら、殿下とお出かけできるんだ。
また一緒に美味しいものを食べられるかな。
ううん。フェリクス殿下と一緒なら、どこだって楽しいと思う。
早く怪我を治さなくちゃ。




