37. 短慮の結果
「シャレット侯爵から抗議が来た。経緯を説明して貰おう」
爆発事故の翌日、私は学園長室に呼び出された。ユベール先生とディアーヌ嬢も一緒だ。
学園長の席には、両肘をつき両の手を組み合わせたジェラルド殿下が険しい顔で座っている。
「私は足をすりむいたくらいでしたのに、お父様が大げさに騒いだのですわ。そもそも、私が精霊石を取り過ぎてしまったことが原因で」
「ディアーヌ・シャレット。君に発言を許した覚えはない」
殿下に一喝され、ディアーヌは押し黙った。
「術に使用する精霊石の量を間違えたんだ。私の不注意だ」
「適切な量の説明はしなかったのか?」
「それは説明したが……、配る際にも気をつけるべきだった」
「本当かね、ディアーヌ」
「はい。シャンタル先生は火と土の精霊石を一個ずつ、と説明なさいましたが、私がその指示に従いませんでした。先生は悪くございませんわ」
「なぜ指示に従わなかった?」
「それは……」
しばらく言い淀んだディアーヌだったが、ジェラルド殿下から向けられた厳しい目に観念したのか、話し始めた。
「その、事前にアニエスさんのお手本を見て……。たくさん精霊石を使えば、もっと威力が出るだろうと」
「彼女よりも上手く出来ると思ったのか」
「はい」
「愚かな。10年以上精霊士の修行を積んでいるアニエスと競っても、仕方がないだろうに」
殿下はため息をついて、椅子に深く背を沈めた。
その眉間には深く皺が寄っている。
「幸い、アニエスは軽傷で済んだようだが。ディアーヌ、原因が君にあるにせよ、シャンタル先生は監督責任を問われるだろう。君の短慮な行為が同級生に傷を負わせ、シャンタル先生にも責が及んだのだ。……君は優秀な生徒と聞いていたのだが、残念だ」
ディアーヌが口惜しそうに唇を噛む。
「明日までにディアーヌは反省文、シャンタル先生は今回の顛末の報告書と再発防止策を作成しろ。両方ともユベール先生が確認した上で、私へ提出するように」
「かしこまりました」
「分かりましたわ」
「ユベール先生とディアーヌはもうよい、下がれ。シャンタル先生は残れ」
二人が退室した後、「で?」と問いかけられた。
「あの娘の言に嘘は無いのか?」
「ああ、闇精霊は反応しない」
これもジェラルド殿下の指示で、事前に闇精霊を呼び出しておいたのだ。
ディアーヌが嘘をついていれば、すぐに分かったはずだ。
「君やアニエスに対する嫌がらせの類かと、危惧していたのだが」
「それは無いと思う。向上心の強い、真面目な子のようだし」
最初こそ私に反発していたものの、その後のディアーヌの授業態度は模範的だった。積極的に質問をしてくるし、物覚えも良い。だからこそ、優秀な新参者に対抗意識を燃やしてしまったのだと思う。
「魔が差したというところか。事情は分かった。シャレット侯爵には、報告書を持って俺が謝罪に行こう。なに、王族の俺が頭を下げれば、侯爵も引き下がらざるを得んさ」
「すまない。迷惑をかける」
「構わない。これも学園長の仕事だ。それに、新しいことには問題が付き物だからな。君への助力を決めたときから、覚悟はしている。だが……」
私を見る目が細まる。
「今後は何かあったら、すぐに俺へ報告してくれ。対処が遅れれば遅れるほど、事態の収拾は困難になるのだからな」
学園長室を辞して、私はふうとため息をついた。
私はアニエスの看病で手一杯だったし、ユベール先生は爆発を見てパニックを起こした生徒の対応でてんやわんやだったらしい。そのせいで、学園長への報告が翌日になってしまった。ジェラルド殿下は問題を起こしたことではなく、報告が遅いことを叱ったのだ。
ずっと一人でやってきたから、組織のこういうところは慣れない。
「あの、シャンタル先生」
背後から声を掛けられ振り向くと、ディアーヌが立っていた。
私が出てくるまで待っていたのか。
「アニエスさんの容態は……?」
「念のため学園は休ませているが、ほとんど治っているよ。する事がないからと勉強しようとして、使用人に怒られていたくらいだ」
安心させるように、優しく話す。
ディアーヌが安堵した表情になった。
「心配してくれたんだな。そうそう、見舞いも届いていたよ。アニエスが喜んでいた。あんな綺麗な花を貰ったのは初めてだって」
彼女からは、その日のうちにアニエスへ宛てて花と手紙が届いていた。手紙には、謝罪の言葉とアニエスの身体を心配する内容が整った文字で綴られており、差出人の誠実な人柄がにじみ出ている文章だった。
「べ、別に心配なんか……。私はただ、貴族として当然の礼節を果たしただけですわ。お花なんか、うちの庭園に山ほど咲いているものですし!」
顔を赤くしながら、彼女は去っていった。
素直じゃないなあ。




