36. 目障りな娘 ◇
私はディアーヌ・シャレット。侯爵令嬢だ。
最近、私はイライラしている。
原因はあの特待生、アニエス・コルトーだ。
初めて見かけたのは夜会の時。
あの冴えない、しかも平民の娘が、なぜかフェリクス殿下の連れ合いのような顔をして参加していた。
いえ、フェリクス殿下がどうこうというわけではございませんのよ。
私はもっとお年を召したダンディな方が好みですわ。そう、ジェラルド殿下のような……。
失礼、話が逸れましたわ。
私はただ、真っ当な貴族として、彼女が特別扱いされる暴挙を許し難いというだけですのよ。
シャンタル先生が、凄腕の精霊士であることは認めましょう。
でもあの娘は見習いに過ぎない。
さらに、彼女は学園にまで入学してきた。
特待生なんて、シャンタル先生のコネを使ったに違いないわ。
化けの皮を剥いでやる。
そう思っていたけれど、彼女は優秀な生徒だということが分かってきた。
精霊術以外の授業でも高成績をキープしている。
コネ入学ではないというのは、本当のようね。
平民にも公平に特待生の座をお与えになるなんて、さすがはジェラルド殿下ですわ。
だからといって、彼女を認めた訳ではなくてよ。
私だって侯爵令嬢にふさわしく在るよう、トップの成績を維持してきたんですもの。
負けるもんですか。
「今日は、精霊を使った攻撃術を教える」
私たちはいつもの教室ではなく、屋外にいた。
男性ならともかく、私たち女性がそんなことを覚える必要があるのかしら。
「騎士科でもない君たちが、攻撃の術を覚える必要はないと思ってるかな?だが護身術と考えれば、覚えておいて損はないだろう」
質問しようかと思っていたが、先に言われてしまった。
「ここに火の精霊石と土の精霊石のかけらがある。アニエス、手本を見せてやりなさい」
「はい」
二つの精霊石を取った彼女が、少し離れたところにそれを置いた。
右手を伸ばして、呪文を唱える。
「土の石化」
「火の閃光」
一つ目の呪文で土の精霊石がブワッと膨らみ、石の塊が出現した。
さらに二つ目の呪文により、火の精霊石が弾ける。
ボワンという音が響く。
石の塊が砕け、砂煙と共に砕けた小石がぱらぱらと降ってきた。
「このように、土の精霊術と火の精霊術を組み合わせることで、小さな爆発を起こすことが出来る。子供騙し程度の威力だが、敵を怯ませることくらいはできるだろう」
ふん。弟子だからって特別扱いして。
私だって、あのくらい出来るわ。
「みな、今の手本を参考にしてやってみなさい。精霊石は火と土で一つずつだ。分量を間違えないように」
精霊石の詰まった袋が、二つ並べられている。左の赤い袋が火、右の茶色い袋が土の精霊石だ。
私は袋に手を突っ込んで、精霊石を鷲掴みにした。
アニエスよりも威力のある術を見せつけなくちゃ。
私は精霊石をぽいっと投げ落とし、呪文を唱えた。
「えーと、土の石化、次が火の閃光」
「ダメです!そんなに火の精霊石を入れたら……」
突然、あの娘が飛びかかってきて、突き飛ばされた。
バランスを崩した私が地面に転がった瞬間、大きな爆発音が響いた。
もうもうと土煙が上がり、何も見えない。
「な、何が起こったんですの」
煙がゆっくりと晴れていく。
周囲が見えるようになった私の目に入ったのは。
地面に横たわる彼女の姿だった。
思わず息をのむ。
私は震える足で、彼女の元へ這っていった。
「貴方、大丈夫でして?」
「あ……。ディアーヌ様、お怪我は……」
「私はかすり傷よ。それより貴方の方が」
彼女の手足には数え切れないほどの小さい傷があった。石礫がぶつかったのだろう。
特に酷いのは右足で、とがった石が突き刺さっていた。
血がどくどくと流れ出ている。
自分がこんなにひどい怪我をしているのに、私の心配をするなんて……。
「どいてくれ!」
シャンタル先生が駆け寄ってきて、彼女の身体を調べた。
「足以外は皮一枚破れただけだ、心配ない。すぐに血を止める」
先生が治療術をかけている間に、ユベール先生が担架を持ってやってきた。
担架で運ばれていく彼女を見ながら、私は呆然と突っ立っていることしか出来なかった。




