34. 夜会(2)
「娘が失礼しましたわ、大精霊士シャンタル様。娘も精霊士のお弟子様と接するのは初めてですので、はしゃいでしまったのでしょう」
「いえいえ。物怖じしない、活発なお嬢様です。その元気さをアニエスにも少々分けてあげたいくらいですよ」
こちらは招待されている身だ。
騒ぎを起こしては陛下に恥をかかせることになる。ここは下手に出ておこう。
「私も精霊士様とお会いするのは初めてですの。色々とお伺いしたいわ。大精霊士になるには、ずいぶん修練をお積みになったのでしょう」
「まあ、それなりには」
「その割にはずいぶんお若くていらっしゃるのね?本当に大精霊士の資格をお持ちなのかしら。いえね、疑うわけではありませんのよ」
慇懃無礼な態度を取りつつ、嫌み砲の炸裂。
普段なら売られた喧嘩は買う私だが、ここは我慢だ。
「私は皆様より年上ですよ。若作りなだけです」
シャレット侯爵夫人の取り巻きたちが「ええっ」という声を上げた。
「そういえば、私の娘がシャンタル様の授業で美容液を作ったと話していましたわ。肌の調子が良くなったと喜んでいましたのよ」
「もしかして、普段それを使っているからそのような若々しいお肌に……?」
「そうかもしれませんね。あとは髪油や保湿クリームなんかも自作していますよ」
「本当に!?それ、一度試させてもらえませんこと?」
「まあまあ、皆様。シャンタル様が困ってらっしゃいますよ」
侯爵夫人が一喝する。
紅潮して私に詰め寄っていたご婦人たちは、きまり悪そうに引き下がった。
「精霊士様のお仕事には詳しくないのですが、シャンタル様は化粧品のお店を開いた方が良いのではございませんこと?」
「それもいいですねえ。女性は美容に目がないですから。良い儲けになるかもしれません」
会場に、楽団が奏でるテンポのよい曲が流れ始めた。
ダンスタイムだ。
それを機に、ご婦人たちはそれぞれの連れのもとへ散っていった。
厭味のスルーにも疲れてきていたところだ。助かった。
「彼女たちとこじれるようなら、助けに入ろうと思っていたが。必要なかったな」
いつの間にか、ジェラルド殿下が私の背後に立っていた。
見ていたんなら仲裁してくれても良かったのに……。
「さて、シャンタル殿。今宵のファーストダンスの相手を務める栄誉を、私へ頂けるかな」
「もちろんだ」
差し出された手を取って、私たちは踊り出した。
周りでは同じように紳士淑女が踊り、人々の波が輪のように回転している。
アニエスはと見れば、たどたどしいながらもフェリクス殿下と踊っていた。
ジェラルド殿下とのダンスは、とても踊りやすかった。
私も踊りには自信がある方だが、彼のサポートは絶妙だった。
足が自然に次のステップを踏む。
「上手いな」
「シャンタル殿こそ、なかなかの腕前だ」
「じゃあ、これにはついてこれるか?」
徐々に、ステップを早めにしていく。
だが、ジェラルド殿下は事も無げに喰らいついてきた。
トン、トン。
足音が響く。
トン、トトン。
もっと早く。もっと華麗に。もっと過激に。
二人で激しく踊り続ける。
タン!
最後のステップを踏み、限界まで反らした私の腰を、ジェラルド殿下の手が支えていた。
荒くなった息を整える。
ふと気付くと、周囲の人々は踊りをやめ、私たちに注目していた。
そして、拍手の音が私たちに降り注いだ。
「やっちまった……」
火照った身体を冷やすため、私はテラスに出て夜風に当たっていた。
こんな派手に踊る気はなかったのに。
調子に乗ってしまった。
「シャンタル殿、飲み物は如何かな」
「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」
ジェラルド殿下が持ってきてくれたグラスを飲み干す。
冷えたシャンパンが喉を潤した。旨い。
「つい夢中で踊ってしまったよ」
「俺もだ。こんなに楽しく踊ったのは久しぶりだ」
確かに爽快ではあった。
気持ちよく躍らせてくれた殿下に、感謝すべきかもしれない。
テラスの手すりに背中を預けて広間を見ると、先ほどとは別の令嬢たちに話しかけられているアニエスの姿が目に映った。一瞬、助けに行こうかと身を起こすが、フェリクス殿下がやってきて彼女たちと何か話している。
「アニエス殿が心配か?」
「ああ。だが、フェリクス殿下がいてくれるようだ」
「あいつに任せておけば大丈夫だろう。あまり過保護過ぎるのも、良くないのではないか?」
「そうだな。いずれは手を離さなければならないんだ」
ふうとため息を着いた私を、ジェラルド殿下が見つめていた。
「アニエスが独り立ちしたら、どうするんだ?」
「そうだなあ……。しばらく弟子を取る気はないし、研究に没頭するさ」
「伴侶を得る気はないのか?」
思いもよらない問いかけだった。
今までの恋人たちとも、夫婦になろうと考えた事はない。
というか、最初からそう話した上でのあっさりした関係だった。
「結婚なんて、考えたこともないな」
「そうか……。残念だな。もし貴方に身を固めるつもりがあるのなら、俺が真っ先に立候補するのだが」
「はあ??」
そう言ったジェラルド殿下の目が笑っている。からかわれたのだ、と気付く。
「タチの悪い冗談はよせ」
軽くにらむと、彼は「ははは」と笑いながら立ち去った。
全く……。元婚約者のことが吹っ切れた途端に、女泣かせ復活か?
アニエスにも彼には気を付けるよう、注意しておかないと。




