33. 夜会(1)
煌々と光るシャンデリアの下を、きらびやかに着飾った紳士淑女が歩いていく。
王宮を訪れた夜会の参加者たちだ。
表向きは夏の訪れを祝う会ということになっているが、実体は病から回復した陛下の健在な姿を見せつけるためのものだ。
高位貴族を中心に、陛下の病について噂が広まってしまっている。それを払拭する事が主目的だ。
また今夜は、私とアニエスのお披露目も兼ねている。配偶者がいない私たちのために、ジェラルド殿下とフェリクス殿下がエスコートをしてくれることになった。
案内された控え室には、殿下たちが待ち構えていた。
「おお、これはこれは。二人とも美しいな。お前もそう思うだろう、フェリクス」
「はい、叔父上」
私とアニエスは今日のために設えたドレス姿だ。急な話だったが、王妃様が店に口を利いて下さったおかげで何とか間に合った。
料金はだいぶ……いや、それは言わないでおこう。
「アニエス。そのドレス、よく似合っている」
「ありがとうございます。あの……殿下も新しい礼服、とてもお似合いです」
「そ、そうか」
二人は照れながら見つめ合っている。
何だこの甘酸っぱい空気。
見てるこっちまでむずむずしてくるぞ。
「ウォッホン。フェリクス、後がつかえているんだ。早くアニエス殿をお連れしなさい」
ジェラルド殿下がわざとらしく咳をしつつ、二人を促した。
ありがとう、殿下。
正直、そろそろこの雰囲気に耐えられなくなってたんだ。
去っていく二人を見送った後。
「さて、我々も行こうか」
「ああ。すまないな、こんな年増のエスコートをさせてしまって」
「なんの。貴方のような美女の付き添いならば、むしろ役得というものだ」
ウィンクをしながらそう答えたジェラルド殿下は、芝居がかった仕草で「では姫君、お手を」と左手を差し出した。
この人、何かキャラ変わってない?
大広間では、既に陛下のスピーチが始まっていた。
「みな、夏の訪れを祝うこの日に集まってくれて感謝する。私はここのところ少し体調を崩していた。皆にも心配をかけたであろうが、この通りすっかり元気になった」
広間中の貴族たちから拍手が上がる。
陛下が手を上げると、声はぴたりと収まった。
「今日この日を皆と共に祝えることができたのは、ひとえにある来訪者のおかげ。私の病気を治したのは彼女たちだ。それでは、その者を紹介しよう!」
ジェラルド殿下に手を引かれ、私は大広間へ入場した。その後ろにフェリクス殿下とアニエスが続く。
「”炎のアルカナ”の名を知っている者もいるであろう。彼女こそが世に名高き、大精霊士シャンタル殿。そして未来の小精霊士、弟子のアニエス殿だ」
私とアニエスは並んでカーテシーをする。
ぱらぱら、とまばらな拍手が聞こえた。先ほどとは大違いだ。
会場に降り立った私たちは、好奇の目に晒された。
あまり好意的な視線ではない。
ご婦人方に至っては、扇を口にあてて眉をひそめ、ヒソヒソと話している。
「あれが大精霊士?ずいぶん若いじゃないか。偽物じゃないのか?」
「あのジェラルド殿下がエスコートなさるなんて……」
偏見の目には慣れている。
私は構わないが、アニエスが心配になって振り向くと。
案の定というか何というか、私の愛弟子は数人の令嬢に囲まれていた。
令嬢たちを率いているとおぼしきボス猿……じゃなくてボス令嬢には見覚えがある。私の授業で質問をしてきた、縦ロールの生徒だ。
確か、ディアーヌ・シャレット侯爵令嬢だったか。
「アニエス様と仰いましたかしら。コルトーという名字に聞き覚えはありませんけれど、実家はどこですの?爵位は?」
「え、いえ。私はハラデュールの出身で。両親は商家だったから、爵位はないです」
「んまぁ、平民でしたの!仮にも一国の王子がエスコートする相手ですから、さぞ高い爵位をお持ちか、功績のある方だろうと思ってましたのに」
「そもそも何で、平民の身で夜会に参加しているのかしら?」
令嬢たちが口々にまくし立てる。
私は早足で近寄ると、困り顔でしどろもどろになっているアニエスの前に立った。
「お嬢さんがた。先ほど陛下も仰っただろう。アニエスは陛下の治療に助力したんだ。功績としては足りないかい?」
「まあシャンタル先生、ご機嫌よう。先生が功績をお持ちなのは分かりますわ。でもお弟子様までこのように扱われるのは、やりすぎではありません?」
「陛下に処方した薬を作ったのは、アニエスだよ」
「あらあら。どうしたのかしら、ディアーヌ」
言い淀むディアーヌ嬢の前に、40代前後くらいの貴婦人が現れた。取り巻きのご婦人がたを引き連れている所を見ると、かなり高位の貴族だろう。
こいつら、群れなきゃならない習性でもあるのかね。
「お母様」
親猿だったかー。
内心嘆息する私に、シャレット侯爵夫人が話しかけた。
「娘が失礼しましたわ、大精霊士シャンタル様。娘も精霊士のお弟子様と接するのは初めてですので、はしゃいでしまったのでしょう」




