30. 告白
「セリアさん、どう?変じゃない?」
「とても可愛らしいですよ、アニエスお嬢様」
リラ湖から帰って半月後。
私は学園の転入試験を終え、無事に合格した。
お師匠様には新しい鞄や筆記道具を買ってもらったし、アンナさんとセリアさんはたくさんご馳走を作ってくれた。
フェリクス殿下は観劇に誘って下さった。お祝いと骨休めを兼ねて、ということらしい。
観劇なんて初めてで、何を着ていけば良いか分からない。
私が持っている中で一番良い服を引っ張り出したのだけれど、セリアさんに却下されてしまった。
「王子殿下のお誘いだというのに、そんな古い型の服を着て行かせるわけには参りません」
そう言って、新しい服を見繕ってくれた。
胸のすぐ下に絞りのある水色のワンピースで、レースをあしらった裾がとってもお洒落。
王都で一番人気のお店の服なんだって。
髪留めもワンピースに合わせて水色のバレッタにした。これもセリアさんが選んでくれたものだ。
鏡の前でくるくるしていたら、呼び鈴が鳴った。
「ああ、ほら。殿下がいらっしゃいましたよ」
玄関に案内された殿下は、ラフなシャツに茶色のベストとズボンをお召しになっていた。
街に出るので、いつものかっちりした服ではないのだろう。
ワンピース姿の私と並んだら、変じゃないかしら?ああ、やっぱり鞄は別の物にした方がいいかな……。
「さ、遅れないうちに行ってらっしゃいませ」
ぐだぐだしている私の背中を、セリアさんが押す。私は観念して、殿下と共に馬車へ乗り込んだ。
「どうだった?」
観劇が終わった後、私たちはカフェで感想を話し合っていた。
殿下が連れてきて下さったお店は、雰囲気の良い素敵なところだった。ブリジット殿下がここのケーキを気に入っていて、たまにお忍びで来るんだって。
普通席は女性客で賑わっていたが、私たちは個室へ案内された。
劇場もそうだったけれど、殿下が人の多い所にいたら目立っちゃうものね。
「とても面白かったです!特に主人公が魔物と戦うところなんて、ドキドキしちゃいました」
呪いにかけられた王女がいた。彼女の婚約者である騎士は呪いを解くため、長い旅に出る。
彼はドラゴンと戦ったり魔法使いに助けられたりと波瀾万丈の旅の末、呪いの解けた王女と結ばれる、というストーリーだった。
「原作はよくあるおとぎ話だが、脚本家が取り入れたオリジナリティ部分が好評なんだ。あと、主役が人気俳優なのも大入りの一因だろうな」
主人公の騎士を演じていた俳優さんは、かなりの美形だった。
観客に女性が多かったのも、彼が目当てなんだろうな。
美しい騎士が一人の女性を一途に慕う。
それは、女性にとっては理想的ともいえる姿だ。
一途と言えば……。
「そういえば、ジェラルド殿下はどうなさっているのでしょうか」
「しばらくは引きこもっていたが、今は職務に復帰している。以前より精力的に仕事をこなしているぞ。色々吹っ切れたのだろう」
「良かった……」
ペンダントを抱きしめて泣いておられた殿下のお姿を思い出すと、また涙が溢れそうになる。
「ど、どうした?」
「いえ、先日のジェラルド殿下を思い出してしまって。あんなに想われたエリザベス様は、きっと、とても素敵な方だったのでしょうね」
涙を拭きながら答えた私に対して、フェリクス殿は黙ってハンカチを差し出して下さった。
その後は何も仰らずに私の顔を見ている。
突然泣き出して、おかしな娘だと思われてしまったのだろうか?
しばらくの沈黙の後、殿下が意を決したように顔を上げた。
「アニエス。言いたくなければ答えなくていいのだが。君は、マティアス王子のことを、その……まだ引きずっているのだろうか」
突然マティアス王子の話をされて、面食らってしまった。
この国へ来てからずっと慌ただしかったから、正直に言って元婚約者のことなどすっかり忘れていたのだ。
それをフェリクス殿下に伝えると、何故だかホッとした顔をされた。
「君がマティアス王子に心を残していないのならば。俺に、君の隣にいさせてもらえないだろうか」
「……え?」
「俺の妻になって欲しい。すぐに答えをくれとは言わない。今はただ、俺の想いを伝えたかったんだ」
その後のことは、あまり覚えていない。
帰宅した後はお夕飯にほとんど手を付けず、観劇のことを聞かれても生返事をしていたらしい。
お師匠様やセリアさん、アンナさんをひどく心配させてしまった。熱があるんじゃないかと言われ、ベッドに押し込まれた。
寝ころんだまま、私は昼間の会話を反芻する。
フェリクス殿下が私を……?
動悸が収まらない。
殿下が私を優しく見る目や、アルブの森で私を庇って下さった姿が、頭の中でぐるぐる回る。
フェリクス殿下の姿を思い出すと、胸のあたりがほんわりと暖かくなる。
こんな気持ち、マティアス王子は勿論、どんな男性にも感じたことはなかった。
今夜は眠れそうにない。




